(フェデリコ・フェリーニ)
UCバークレーで、学部生向けの中国語のクラス(Elementary Chinese)を受講している。
5単位の授業だが、GSPPの卒業に必要な単位数にはカウントされない。にもかかわらず、その負荷は今学期の少なからぬ割合を占めている。ニュアンスとしては、趣味の苦行といったところだ。
31歳にもなって、英語すら満足に話せないのに、なぜここにきて新たな外国語を学ぼうとするのか。お前はアホなのか。と問われれば、「Yes, I'm stupid.」と答えてうつむくほかはないのだが、あえて理由を挙げるなら、それは次の2点ということになる。
1. 中国が好きだから。
2. 仕事を再開したら、新たな言語を学ぶための時間はもう取れないだろうから。
「1.」について、私は日本を愛しているし、この国を守ってきた先人たちに深い敬意を表する者である。バークレーにも日の丸の国旗をしっかり持参してきた。
しかし同時に、私は中国のことも憎からず思っている。とんでもない料理、とんでもない人物、とんでもない政策、とんでもない拷問、とんでもない爆発。歴史をひもとけば、そういうのは大抵中国から出てきている。その発想のスケールのでかさが好きなのだ。いや拷問も爆発も経験したくはないけど。
でも真面目な話、地政学的に「仲良くなれない運命にある」とされがちな日本と中国だけど、文化的に一脈通じるのはやはり中国なのだなあ、とはアメリカに来てしみじみ思うことである。好(ハオ)。
「2.」については、私も人生の残り時間を徐々に意識するようになったということだ。もちろん、語学と年齢は無関係という主張はある。考古学者のシュリーマンは、68歳で亡くなるまでに18ヶ国語をマスターしたという。素晴らしいことである。好(ハオ)。
だが私は、自身の語学力の希少性(scarcity)を意識せずにはいられない。限られたリソースを、いつ、どのように振り向けるか。何事によらず、人生の要諦はそこにある(大げさ)。
中国語学習をはじめるなら、留学中のいましかない。私はそう考えたのだった。
上記2点のほか、中国語を学ぶことにした補足的な理由として、
3. バークレーには中国人がやたらと多いから。
4. 英語で中国語を学べば一石二鳥かもしれないから。
というのもあった。
「3.」について、これはバークレーを訪れたほとんどの日本人が実感することだが、この街には実にたくさんの中国人が住んでいる。UCバークレーのUCは「University of California」じゃなくて「University of China」だ、というのはこちらでは有名なジョークだ。
UCバークレーのサイトによれば、2012年の新入生のうち実に21.2%が中国人という。白人の24.3%に迫る勢いだ。しかもこの数字には12.7%の留学生は含まれていないため、実質的には中国人の方が白人よりも多いのかもしれない。チャイナ・パワー、おそるべし。
でもそれは、中国語の練習相手に決して不足しないことを意味する。他の授業で中国人のクラスメートと会話したり(我不憧!)、私を同胞と勘違いして中国語で話しかけてくる中国人にも応対することができる(认识你很高兴!)。実のところ、これはかなり愉快である。
しかし、「4.」について、このもくろみは大いに外れた。どの言語で学ぼうと、その対象が中国語である点は変わらない。むしろ、部首の意味を問うテストで「『瓦』の意味はわかるけど、それを英語で何というのかわからない」といった類の苦しみが付加されるだけであった。まあ、これはこれでコクがあっていいんだけど。
夏休みの間に夫婦で中国語を学ぶため、大学寮の掲示板に「個人教師募集」の案内紙を貼り出すつもりだった。ハワイでインターンをすることになったので、結局は貼らずじまいだったけど。 |
以下、授業がはじまって9週間が経過した現時点の随想を記してみたい。
<生活のリズム>
UCバークレーの外国語の授業は、週5回(月火水木金)×1時間のスタイルである。私は朝8時開始のコマを取っているため、必然的に朝型生活になる。どんなに眠かろうと、大学寮から自転車を漕いで(約30分)、クラスで漢字を書いたり音読したりするうちに、自然と意識も覚醒してくるというものだ。
授業が終わり、教室を出て、まだ静かなキャンパスに漂う朝靄を吸い込む。手近なカフェに入って、ふかふかのバナナマフィンを一口齧り、熱めのエスプレッソを啜る。これはどうしたって気分が良くなる。
<クラスメートの若さ>
これは学部生向け授業なので特に驚くこともないんだろうけど、クラスメートがとても若い。会話の練習で隣の兄チャンに「你今年多大?」と尋ねると、「十九岁」という答えが返ってくる。「おいおい、19歳かよ!」である。まあ、向こうにしてみれば「おいおい、31歳かよ!」なんだろうけど。
こんなこと言うとおっさんぽくなるけど、でも若いってのはいいことだ。みんな元気で、自由で、よく笑い、よく学ぶ。時間にはルーズで、しばしば約束をすっぽかす。オーケー、オーケー。若さはすべての免罪符になり得るのだ。
学部生以外の生徒も、少数ながら存在する。たとえば、私のコマの受講人数は約15名だが、そのうち1人はMPH(Master of Public Health)の大学院生で、もう1人はローレンスバークレー国立研究所(Lawrence Berkeley National Laboratory)の研究者だ。ちなみに後者の彼はインド人で、最近中国人の彼女ができたという。うん、それって語学学習における最高のモチベーションだよな。
漢字書き取りの宿題。文字通り、「一」からのスタートだ。 |
<日本人であることのアドバンテージ>
皆さんご存じのように、中国語と日本語には、漢字という偉大な共通項がある。4年前の中国出張のとき、私は「ニーハオ」と「シェイシェイ」しか喋れなかったが、それでも紙と鉛筆さえあれば最低限の意思の疎通は図れたものだった(我・紹興酒・大好!)。これはやはり強力なアドバンテージだ。ちなみに韓国人も義務教育で漢字を習うとのことで(政府の教育方針に紆余曲折はあるみたいだけど)、私のクラスの約3割は韓国人または韓国系アメリカ人である。
それに比べると、インド人や白人たちは読み書きのところで見るからに苦戦している。私は一時期アダルトスクールの中国語のクラスに通っていたのだが、そこで先生が黒板に「入口」と大書して「これはどういう意味でしょう?」と問うたとき、みんな悲しい顔で「No idea.」だったのが何だかシュールでおかしかった(正解はもちろん「Entrance」)。
授業で習った新単語の例。日本語から類推できる単語もあれば、まったく違っているのもある。 |
<千本ノック感>
UCバークレーはもともと授業の厳しいことで有名であるが(気違いじみているという意味合いの「Berserkeley」なる言葉があるくらいだ)、このクラスも例外ではない。
具体例を挙げると、
・ 語彙の宿題 (Webベース)
・ 文法の宿題 (紙ベース)
・ 漢字書き取りの宿題 (紙ベース)
・ 発音レッスン (30分。週5回の授業とは別枠。3~5名のセミプライベートで、発音だけをひたすら特訓する)
・ Writingのテスト (約10分。紙ベース)
・ Listeningのテスト (約20分。Webベース。TOEFL iBTのような設問に答えていく)
・ Speakingのテスト (約10分。Webベース。これもTOEFL iBTと同様、マイクに吹き込んだ録音をネイティブが採点する。発音が少しでもマズいと容赦なく減点されていく)
・ 中国語劇のテスト (2,3名のチームを組み、自ら書いたスクリプトを暗記して皆の前で発表する。発音を間違えるたびに減点。暗記できなかったら大幅減点)
・ 総合テスト (約50分。Reading/Listening/Writingが問われる)
などが、それぞれ週1~2回の頻度で課せられる。この「千本ノック感」はただごとではない。
苦労したぶん、上達の実感もひとしおだ。私がこの9週間で学んだ語彙は300程度、文法は「Yes-No疑問文/5W1H疑問文/if/but/助動詞/過去(完了)形/未来形」といったあたりだ。日本の英語教育でいえば、中学2年生相当になるだろうか。
特に大きいのは、「これである程度なら中国人とコミュニケーションが取れるぞ」という自信が得られたことだ。まあ、それはあくまで限定的な自信であって、実際のところは錯覚に近いかもしれない。でもそういうポジティブな感情があるだけで、外国語を学ぶ苦労も吹き飛んでしまうというものだ(しばしば吹き戻ってくるけど)。
UCバークレー東アジア図書館で借りた「日本休闲漫画 滑稽人 1」(中国民族摄影艺术出版社)より抜粋。麻雀という共通文化があってこそ伝わる笑いですね。「フリテンくん」 ⇒ 「滑稽人」という翻訳もなかなか味わい深い。でもこの本、翻訳者(周炜)や日本の出版元(竹书房)は明記されているのに、肝心の植田まさし先生の名前が見当たらないのはなぜだろう・・・? |
<3つの要素>
中国語を学びはじめて、改めて実感したことがある。それは、語学学習には
い. 毎日やる
ろ. たのしくやる
は. 声に出してやる
の3つが肝要ということだ。語学学習について一家言を持つ人は多く、何とかラーニングとか、何とかメソッドとか、見渡してみれば実にいろいろな商売・・・もとい学習法があるけれど、突き詰めれば結局これなんだ、と私は思う。
「声に出してやる」については、息子によく中国語で話しかけることにしている。それなりに反応があって、おもしろい。彼がはじめて話す言葉は、もしかしたら「ママ」じゃなくて「妈妈」かもしれない。
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