2012/03/25

UCLAに落ちたこと

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(Luskin School of Public Affairs)から、不合格の通知をもらった。
「あなたの出願に対する審査結果が出た。リンク先を参照ありたい」といった簡潔な文章。私もだんだん慣れてきて、「あ、これはダメなパターンだな」とすぐに察知したのだが、案の定、リンク先を開いてみると「We are regret to...」であった。

UCLAは、スタンフォードやUCバークレーと並んで西海岸を代表する総合大学である。ここの公共政策大学院は「SPA(School of Public Affairs)」の通称で親しまれているという。私のような低俗な人間がSPAと聞くと、どうしても「グラビアン魂」や「だめんず・うぉ~か~」などの連載で有名な某雑誌を思い浮かべてしまう(私は「佐藤優のインテリジェンス人生相談」が好きである)が、しかしそんなこととは何の関係もない。

SPAは、UCバークレーのGSPPと同様に、必修科目の数が多いのが特徴である。例えばミクロ経済学、統計学、政治学といった科目のほか、リーダーに求められる交渉力などのスキルを学ぶ「21世紀のマネジメント」(Management in the 21st Century)といった、プロフェッショナル・スクールならではの科目の履修も義務付けられているようで、惹きつけられるものがあった。また、UCLAでは一般的に2学期制(セメスター制)ではなく4学期制(クォーター制)を取っているため、慌ただしくも多くの科目を学べるというのも、もうひとつの特徴と言えるだろう。

不合格通知をもらった理由を推量するくらい虚しい行為はないことは十分に知りながら、敢えてそれをするならば、SPAの求めるTOEFL iBTのミニマム・スコアに達していなかった(スピーキングの基準点は24点であったが、私は22点しか獲得できなかった)という点が挙げられるかもしれない。とはいえ、それでも合格した人もいるらしいので、その他の諸々の条件を鑑みた上でも、私は合格ラインに届かなかったということだろう。

まあそんなわけで、私はSPAに落ちてしまった。ありがとうございました、そしてさようならUCLAさん。学校の方には縁がなかったけれど、雑誌の方は読み続けますからね。といっても何のフォローにもならないけれど。

2012/03/24

UCバークレーに合格したこと

カリフォルニア大学バークレー校(Goldman School of Public Policy)に合格した。
まさか受かるとは思っていなかったので、嬉しいというより不安が先に立った。おいおい、本当かよ。何かの間違いなんじゃないか?と思った。というか、いまでもそう思う。

GSPPは、政策分析の分野で全米1位、環境政策の分野で全米3位にランクされる(出所:US News and World Report 2012)文字通りのトップスクールである。他の公共政策大学院(例えばコーネルのCIPAやコロンビアのSIPA)に比して必修科目が多く、経済学や統計学、政治学などの分野において、基礎から実践までみっちり叩き込まれるという特徴を有している。理系出身の私にとっては、かえってありがたいことかもしれない。

スクールの規模が小さいというのも、GSPPの特徴に数えられるだろう。ここを卒業した先輩の話によれば、1学年につき生徒数は70名程度で、それゆえに教授陣から事務方までが各生徒を知悉しているとのこと。専用の校舎は、かつて寮であった建物を改築したもので(元食堂でグループディスカッションをすることもあるらしい!)、そういった要素も含め、とてもアットホームな雰囲気であるようだ。私はいままでの人生でそのような環境に身を置いたことがなく、どうも具体的なイメージができなくて悲しいのだが、それはきっと素敵な場所であるに違いない。

しかし、敢えて気になる点を挙げるとすれば、

・留学生の少なさ(全体の約3割が留学生というケースもあるようだが、僅か2名しかいないという年次もあるようだ。自分以外がほぼネイティブというのは、前向きに捉えればこの上なく鍛えられる好環境だが、かなりストレスフルでもありそうだ。特に私のように英語を不得手とする向きには。)

・西海岸ゆえのドメスティックさ(上述とは別の卒業生の話によれば、GSPP自体は文句なく素晴らしいスクールだが、やはり国際機関を数多く有する東海岸に比べると若干ドメスティック、すなわちアメリカ国内 and/or カリフォルニア州内の政策イシューに偏りがちであると感じたとのこと。まあ、この方が卒業したのは10年以上も前なので、いまはずいぶんと状況が変わっているのかもしれないが)

といった点である。しかし本当にそうなのかは蓋を開けてみないと分からないし、仮にそうだったとしても、本人の努力や創意工夫(?)でフォローできる範囲の話とも考えられる。

そんなわけで、いまだに信じられないことだが、UCバークレーは私に門戸を開いてくれた。ありがとうございました、UCバークレーさん。人違いじゃないと良いのだけれど。

2012/03/20

ハーバード大学とプリンストン大学とスタンフォード大学に落ちたこと

ハーバード大学(Harvard Kennedy School)とプリンストン大学(Woodrow Wilson School of Public and International Affairs)とスタンフォード大学(Ford Dorsey Program in International Policy Studies)から、示し合わせたかのように立て続けに不合格の通知があった。
いずれも全米最難関の大学群であり、最初からダメモトで出願していたのだったが、「もしかすると・・・!」という淡い期待が胸中にあっただけに(この気持ち、お分かりいただけると思う)、残念な結果であった。

Harvard Kennedy Schoolは、公共政策学の分野で最も高名な大学院のひとつだ。私が昨年まで所属していた部署にはケネディ・スクール出身者が2人も居て、どちらも智徳を兼ね備えた素晴らしい方であった。この学校がどんな理念を持って、どんなプログラムを有しているかを知りたい向きは、私が多弁を費やすよりも、池田 洋一郎「ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ」と杉村 太郎「ハーバード・ケネディスクールでは、何をどう教えているか」の書籍に目を通された方が良いだろう。

Woodrow Wilson Schoolも、全米で最も傑出した公共政策大学院のひとつである。ハーバード、UCバークレー(Goldman School of Public Policy)と並んで、私にとって「高望み3大学」のひとつであった。計量経済学などの理論に重きを置いているのが特徴で、全米でも屈指の治安の良さ、教師1人あたりの生徒数が少ない(1:6くらい)、ノーベル経済学者のポール・クルーグマンなど優秀な教授が多数在籍している、などの好条件が私をぐんぐんに惹きつけた。

Ford Dorsey Program in International Policy Studiesは、純粋な公共政策学ではなく、国際政治経済学のスクールである。とはいえ、シラバスに目を通せば経済学や政治学はもちろん、政策分析からエネルギー・環境まで私の関心分野は満遍なくフォローされている。また、昨年読んだ「米国製エリートは本当にすごいのか?」の著者(佐々木 紀彦)がこのスクールの出身で、本書を非常に興味深く読んだこともあり、出願意欲をかきたてられたのだった。提出書類のひとつである約20ページの分量のアカデミック・ライティングは、すべての留学プロセスを通じて私が最も辛酸を舐めた課題だったのだが。

まあそんなわけで、上記3大学には、つるんと落っこちてしまった。全力を尽くしたので、悔いはまったくない。と言いたいところだが、本当は、ちょっぴり悔しい。いや、実を言うと、すっごく、悔しい。でもまあ仕方がない。世の中には、手に入るものよりも、手に入らないものの方が、数としてはずっと多い。私がこの29年間の人生で学んだことだ。

そんなわけで、ありがとうございました、ハーバードさん、プリンストンさん、スタンフォードさん。あなたたちは、私にはやっぱり遠かったよ。

2012/03/17

UCSBに落ちたこと

カリフォルニア大学サンタバーバラ校(Bren School of Environmental Science & Management)から、不合格の通知があった。
不合格になると「We are regret to inform...」ではじまるメールが来ると聞いていたが、本当にそのとおりのメールが来て、とても残念だった。

Bren SchoolはMaster of Environmental Science & Management (MESM)という、ちょっと変わった修士号のプログラムを提供している。ここは、西海岸ではたぶん唯一の環境スクールだ。パンフレット等を読む限り、地学や生物学といった理系分野と、法律学や経済学といった文系分野がほどよく融合しているようで、いまの仕事で双方の知見を必要としている私にとっては願ったり叶ったりなスクールであった。

加えて、サンタバーバラは治安が良く、風光明媚な街であるようで(Bren Schoolを卒業された方にも尋ねてみたが、まさしくそのとおりとの力強い回答があった)、これもまた家族連れを予定する私にとっては大きな魅力であった。

しかしながら、私のバックグラウンドはそれほど深く環境分野に関わっているとは言えず(むしろどちらかというと環境を破壊する方だ)、それゆえにエッセイでも説得力に溢れるキャリア・ゴールを打ち出せなかった、というところに敗因があったのかもしれない。

まあそんなわけで、私はBren Schoolにはご縁がなかった。
ありがとうございました、サンタバーバラさん。そしてさようなら。またいつか会いましょう・・・・いや、もう会うことはないかもしれないけれど、人生はどうなるか分からない。

2012/03/16

コーネル大学に合格したこと

コーネル大学(CIPA: Cornell Institute for Public Affairs)に合格した。
合格すると「Congratulations!」ではじまるメールが来ると聞いていたが、本当にそのとおりのメールが来て、とても嬉しかった。

CIPAは公共政策大学院の中でも授業履修の柔軟性が高く、生徒が興味の赴くままに計画を立てられる(例えば、経済学を重点的に学びながら、ビジネススクールとロースクールの面白そうな授業にも出てみるなど)のが特色であるようだ。逆に言うと、何を学ぶかという気持ちがしっかりしていないと低きに流れてしまうことでもあるのだが。

Admission Officeの方も親切で、いろいろとメールを送ってくれる。先日は、現役の2年生から長文のメールが届き、わりと気さくな感じで「私は10年くらい国際機関で働いていたのよ~」とか、「ジョンズ・ホプキンスとコロンビアとLSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)とUCバークレーとコーネルに受かったんだけど、直観でコーネルに決めたのよ~」とか、「イサカ(コーネル大学のある町。ニューヨーク州の郊外にある)って、ぶっちゃけ田舎だけど、なかなか住み良いところよ~」とか、そのほかにもいろいろ個人情報満載なことを教えてくれた。良い人だ。

しかし、私が少し気になるのは、

・寒さ(在校生のブログで「0℃を超えると温かくなった気分」といった趣旨の記述を見て、驚愕。パンフレットの写真で女学生が雪中のキャンパスをTシャツで悠々と歩いているのを見て、また驚愕。)

・寮費の高さ(資料によれば、月あたり約1,900ドルとのこと。コーネルはホテル学でも有名なので、何か特別なホスピタリティがあるのかもしれないけれど(?)、さすがにこれは厳しい。)

の2点である。まあ、寒さについては、ある程度は慣れの世界なのかもしれないし、前向きに考えると余計なことを考えずに学業に専念できる要因と成り得る。寮費の高さについては、自力でアパートメントを探せばよいというだけの話だろう。

そんなわけで、コーネル大学は私にとって申し分ないところである。というか、身に余る光栄である。ありがとうございました、コーネルさん。


(2013年9月11日追記)
 各種検索エンジンで「コーネル大学」と入力すると、本記事が上位にくるようだ。そこで、「コーネル大学には関心があるけどUCバークレーには関心がない」という読者のために、かつて卒業生の方から伺った生活情報を以下のとおり追記したい。
 ただし、筆者自身はコーネル大学を訪れたことがなく、これらはあくまで二次情報であることをご留意されたい。

・ コーネル大学の所在地であるニューヨーク州のイサカは、州西部のFinger Lakeそばに位置する小都市。人口は約3万人。(参考:日本で人口3万人に近い都市は、北海道名寄市、茨城県高萩市、福井県小浜市、和歌山県有田市など)

・ 全体にとてもリベラルな雰囲気。その好例として、農家直売の野菜を販売するファーマーズ・マーケット、地域通貨「Ithaca Hour」、環境配慮型コミュニティ「Eco Village」など。シュタイナー系の幼稚園や、チベット仏教の僧院まである。大学町であるため人種も多様で、アメリカの中でもきわめて特殊な地域というイメージ(もちろん、いい意味で)。

・ 夏は涼しく、冬は寒い。真冬にはマイナス10℃を下る日も多いが、内陸部にあるため積雪量はあまり多くない。春の到来は4月~5月で、緑が一斉に生い茂る光景は感動的。

・ 都会の刺激を求めて、「新幹線感覚で」ニューヨーク中心部まで飛行機で出かける人もいる(1時間程度で行ける)。
 

コーネル通り@バークレー


2012/03/11

いまこうして生きていることの偶然性について再認識したこと

 今日は、妻と「自転車泥棒」(1948年、ヴィットリオ・デ・シーカ監督)を観に行った。8年前に一度観たきりの作品だが、それ以来、主人公のお父さんと息子が、私の心の隅っこでひっそりと生き続けている。そんな映画だ。

 上映予定は14時30分だったが、時間になってもなかなか始まらない。首を傾げていると職員が現れ、「今日は3月11日。東日本大震災からちょうど1年が経った日だ。そこで、14時46分(地震発生時刻)に1分間の黙祷を行いたい。観客の皆さまには申し訳ないが、映画の上映開始は14時47分としたい」という説明があった。場内に不満の声は出なかった。

 また、昨日、NHK交響楽団と小曽根真さんのコンサートに行ったところ、指揮者の高関健さんから、「最初に演奏する「G線上のアリア」は、東日本大震災で亡くなられた方々に捧げたい。恐縮ながら拍手はご遠慮願いたい」との前口上があり、演奏後に黙祷を捧げられていた。

 人生は楽しいことばかりじゃないけれど、それでもしっかり生きていこう。
 そうしないと申し訳ない、と思った。