2013/08/17

ハワイの電気代の高さに驚愕したこと

 ハワイの電気代は高い。
 どのくらい高いかというと、私がいまインターンをしているHNEI(ハワイ自然エネルギー研究所)の上司宅の電気代が、年額5,000ドル(約50万円)であるという。

50万円?

 この上司は、電気工学部卒でありながらJ.D.(法務博士号)を取って弁護士経験もあるという、まあ言ってみれば折り紙つきのエリートなので、一般家庭よりラグジュアリーな暮らしをしているのは間違いないのだが(なにしろ自宅にボートがあるのだ!)、それでも50万円というのは疎かにできない金額である。50万円あればiPadが10台買える。50万円あればBlue Bottle Coffeeのコーヒー豆が126kg買える。50万円あればうまい棒が5万本買える。50万円あればTOEFL iBTが23回受けられる。いやもう二度と受けたくないけど。




 州政府によると、昨年の電気代の月平均は、世帯あたり204ドル。これは、私の新婚当時の電気代(約2,000円)よりも10倍高い。
 「老後はハワイで暮らすのも悪くないね」と思いはじめた私の前に、GKBと電気代、いま2つの障壁が立ちはだかっている。


 「ハワイのエネルギー」特集、第2回。
 今回は、ハワイの電気料金をめぐる状況について書いてみたい。




出所:米国エネルギー情報局(2013年)などを基に筆者作成
註1:住宅部門や商業部門などを合算した平均値
註2:2013年分は、1-3月の平均値


 いま、ハワイの電気料金は、全米の平均と比べて約3.5倍高い。これは米国内でも第一位の高さである。第一位といっても、ハワイの人にはあまり嬉しくない第一位だ。

 ハワイの電気料金は、どうしてこんなに高いのか? 10字以内で答えよ。という試験問題が出たら(出ないけど)、私はこう答えるだろう。

 石油に頼りすぎだから(10字)

 身も蓋もない回答だが、しかしそれは真実を突いている。
 ハワイの電気料金と原油価格のグラフを描いてみると、(電気料金が約2カ月遅れる形で)両者はよく似た動きを示す。ハワイにおける石油発電の比率は、それほど高いということだ。


出所:ハワイ州産業経済開発観光局「Monthly Energy Data」(2013年)などを基に筆者作成
註1:原油価格は欧州ブレント(Europe Brent Spot Price)を使用
註2:ハワイの電気料金は、(日本と同様に)燃料費や設備運営費などの変数をもとに総合的に算出するという方式をとっている。しかし、原油価格高騰の影響を受けて、近年は油価が電気料金に及ぼす影響度が相対的に高くなっており、実際、上記グラフの期間内における「当月の電気料金」と「2カ月前の原油価格」の相関係数(Correlation Coefficient)は、0.95という高さを示している(参考:当月同士の相関係数は0.82)
註3:ハワイの原油輸入先は、サウジアラビア、オマーン、リビア、ロシア、タイ、ベトナム、インドネシア、中国、ブルネイ、パプアニューギニア、オーストラリア、アラスカなど多岐にわたる。「供給途絶のリスクを減らすため、輸入先はなるべく分散させる」という方針が伺える


 論より証拠、ここで実際にハワイと全米の比較図を見てみよう。


出所:米国エネルギー情報局「Electric Power Annual」(2013年)などを基に筆者作成
註:2011年のハワイの総発電量は10,723GWh≒11TWh、全米の総発電量は4,101TWh


 ハワイは74%と、実に4分の3近くも石油発電に依存しているが、全米は1%、ほとんど皆無と言ってよい。実のところ、環境負荷も燃料調達コストも高い石油発電は、一部の島国を除いて、現在ではあまり使われていないのである。

 ひと昔前はそうではなかった。石油発電は、三種の神器と喧伝されていた頃のテレビジョン受像機のように、かつては確かな存在感を示していた。下の図を見ると、日米欧が石油発電をごりごり削っていった経緯がよくわかる。


出所:FACTS Global Energy「Liquefied Natural Gas for Hawaii: Policy, Economic, and Technical Questions」(2012年)
註1:上図には記されていないが、中国の石油消費量の経年変化を同様のスペック(1971年=100)で追うと、その数字は1980年に「400」に達するが、2009年には「45」まで下がる
註2:日米欧が一律に石油消費量を削減した要因として、国際エネルギー機関(IEA)が1979年に採択した「石炭利用拡大に関するIEA宣言」が挙げられる。同宣言では、オイルショックへの対抗策として「ベースロード用石油発電の新設・リプレースを禁止する」といった強気な方針が打ち出された。日本政府もこれに倣い、同種の内容を盛り込んだ「石油代替エネルギーの開発及び導入の促進に関する法律」、通称「代エネ法」を1980年に策定した
註3:「石炭利用拡大に関するIEA宣言」を経て、世界の電源構成に占める石油の割合は減衰の一途を辿った(1971年:21% ⇒ 1990年:11%)。しかしながら、同宣言の本来の趣旨であった「石炭利用拡大」については、あまり功を奏さなかったようである(1971年:40% ⇒ 1990年:37%)。石油発電の減少分を実質的に代替したのは、むしろ原子力発電(1971年:2% ⇒ 1990年:15%)であった
註4:オイルショックといえば、トイレットペーパーを買い漁るおばさんの写真を覚えていますか?小学校だか中学校だかの社会の教科書に出てくる、あのおばさん。「名前はわかんないけど顔だけは知ってるおばさん選手権」を開催したら、あのおばさんのベスト3入りは固いと思う。あの方は、いま、何をされているのだろうか。第一次オイルショックが起きた1973年の時点で40歳だったと仮定すると、いまご存命なら 40+(2013-1973)=80歳くらいだろうか?「教科書に載ってましたでショ。あれ、アタクシなんですよ。恥ずかしいワア」なんて、迷惑そうな顔で、でもどこか自慢げな口ぶりで、団地隣の若奥さんに何度も何度も同じ話をして、陰で煙たがられているのだろうか?それとも余生静かに、石油ストーブで沸かした昆布茶を啜りながら、「暮しの手帖」だか「壮快」だかを開きつつ、しかし意識朦朧として活字は頭に入らず、在りし日のお爺さんの追憶に親しんでいるのだろうか?


 日米欧の削りっぷりも見事だが、ハワイの「我が道をゆく」っぷりもまた豪快だ。

 1988年に州政府が発表したレポート「Utility-Financing of Energy Conservation: A Short-Term Approach to Hawaii's Oil Dependency」を読むと、石油依存度の高さについては昔から問題視されていたことがわかる。1990年のハワイの石油発電比率が90%(!)だったことを考えれば、状況はそれなりに改善していると言える。
 他方で、現在の74%という数字は、気違いじみた原油価格の高騰(と、それに伴う気違いじみた電気代の高騰)を経験した2008年からほぼ変わっていない、という指摘をすることも可能である。
 仮に後者の立場を取って、より尖鋭的で感情的な言葉を投げかけるなら、「これは一体どういうことか」、「この5年間でハワイ州政府は何をしていたんだ」、「州知事は呆けてるのか」、「ハワイ電力は無能者の集まりか」、「責任者出てこい」、「ファック・ユー」と叫んで、中指を突き立てることになるだろう。

 しかし、私は、「エネルギー政策は現実主義(リアリズム)の原則に従う」と信じる者である。ハワイが石油依存から抜け出せないのは、そこに何らかの現実的障壁が、然るべき背景があるからだ。私はそのように推察した。
 そこで私は、いろいろな資料を読んで、いろいろな話を聞いて、いろいろな仮説を検証した。その結果、ハワイが石油に頼り続ける理由は、突き詰めれば次の2点にあるんじゃないか、と考えるようになった。

理由1:石油が万能選手すぎて手放しがたいから
理由2:石油を代替する燃料を調達しがたいから

「特にハワイでは」という枕詞を、それぞれの前に付記してもいいかもしれない。以下、少し詳しい説明を試みたい。


<理由1:石油が万能選手すぎて手放しがたいから>
 まず最初に強調したいのは、電力とエネルギーは同じ概念ではない、ということだ。原子力発電の是非であるとか、停電を回避する方策であるとか、そういった話がよく取り沙汰されるので、しばしば「電力=エネルギー」と捉えがちだけど、それは大いなる誤解である。
 電力は、あくまでエネルギーの「使われ方」のひとつに過ぎない。エネルギーは、モノを作るのにも使われるし(例:ナフサ)、モノを運ぶのにも使われるし(例:ガソリン)、部屋を暖めるのにも(例:灯油)、料理をするのにも(例:LPガス)使われるのだ。
 ・・・と、上の文章を読んでお気づきになった読者もいらっしゃるかもしれないが、いまカッコ内で挙げた例示は、実はすべて石油を起源とする燃料だ。千変万化の活躍とはまさにこのことであろう。
 先進国が発電用の石油をぐんぐん減らしていった歴史は先に見たとおりだが、それは石油が便利すぎて、発電用として使うにはあまりに「もったいない」からだ、という見方もある。「発電なんてのは他の奴らにやらせますから。先生、ここはおひとつ、輸送方面をお願いいたします。あ、それから暖房方面も。原料方面も」というわけである。

 「多用途」という観点からは、石油先生の弟分とも言うべき天然ガス君もいい仕事をする。彼はまた、シェールガスやメタンハイドレートといった異名によって、近年とみに注目を浴びる選手でもある。しかし、「貯蔵」と「輸送」について比べれば、これはどうしても石油先生に軍配が上がる。
 まず、貯蔵面。天然ガスは常温で保存するには場所を取るし、マイナス160度くらいに冷やして液化する方法も長期貯蔵には向いていない(天然ガスを保存するために天然ガスのエネルギーをどんどん使っていくという間の抜けた話になる)。枯渇したガス田を自然の貯蔵庫として活用するという裏技もあるけど、これはガス田の無いハワイでは使えない技だ。
 次に、輸送面。天然ガスを運ぶには、(陸上輸送では)高圧のパイプラインなどを使うか、(海上輸送では)極低温のタンクなどを使わないといけないのだが、石油は基本的に常温で持ち運びできる物質だ(もちろん可燃性の危険物なのでそれなりの扱いは必要だけど)。
 事実、ハワイには本土にあるような石油パイプラインが存在しない。それでもハワイという決して小さくない経済圏がちゃんと回っているというところに、石油の凄みがあるとも言えそうだ。

 ここまでの議論をまとめると、石油の特長は、発電にも輸送にも原料にも暖房にも使えるほど「多用途」で、かつ常温で液体だから「貯蔵」も「輸送」も楽ちん、ということになる。
 うーん、改めて実感する、この万能選手ぶり。だからこそ「燃える水」をめぐる戦争・紛争の種は尽きないし、「欲望の炭化水素」でひと儲けを企む人々もまた後を絶たないのだ。
 げに愚かしきは人間哉。自ら作り給ひし業の報ひ、これを自ら受けて省みぬ生き物なりけり。

 おっと、話が脱線した。ここでハワイにおける石油消費の実例を見てみよう。
 

出所:米国エネルギー統計局(EIA)「Total Petroleum Consumption Estimates 2011」(2012年)などを基に筆者作成
註1:「その他」は住宅用など
註2:2011年実績ベースで、アメリカ全体の石油消費量は約69億バレル、日本は約12億バレル(出所:BP統計 2013)


 この図から得られる気づきの点はいろいろある。具体的には、

・「発電用」は全体の3割に過ぎない。すなわち、仮に発電用石油の消費量を半分削減できたとしても、全体から見れば「30%×50%=15%」の削減にしかならない。

・日本でもアメリカでも一定の割合を占める「産業用」がない。言い換えると、ハワイには(石油化学産業などの)大きな産業が存在しない。

・「商業用航空」の割合が大きいのは、(オアフ島~ハワイ島などの)島間のフライトが多いハワイならではの特徴である。

・「軍事用」は米軍基地があるため。これもハワイの特徴である。

といった按配である。

 個別の分析はここでは省略するが、全体を通じた感想として、「削りしろがあまりない」というのがあるかもしれない。たとえば、あなたがハワイ州知事に就任したとして(アロハ!)、この円グラフを眺めて、さてどの部門を削ろうと思うだろうか。
 「商業用航空」を削れば、就航便が減って、ハワイの稼ぎ頭ともいうべき観光産業は少なからぬダメージを受けるだろう。かといって「軍事用」を削るのも政治的に難しそうだ。電気自動車が普及すれば「輸送用(陸上)」を減らせそうだが、しかし現状のままだと「発電用」が増えて結局全体のパイの大きさは変わらずというオチが待っているかもしれない。

 そもそも、ハワイの石油消費量は州平均と比べてずいぶん少ない(ハワイより石油消費量が少ないのはネブラスカ州とコネチカット州の2州だけ)。そんな中、供給途絶のリスクを少しでも減らそうと、あちこちの国と細々とした長期契約を結んで、これまで苦労してやり繰りしてきたのだ。そこへ原油価格が高騰して、いますぐ石油の消費量を減らせだなんて、そんなのいきなり言われても無理ってもんですよ、クスン、クスン。
 と、いつの間にかハワイの電力会社の心情を慮る内容になってしまったが、私がここで伝えたかったのは、「四方を海に囲まれたハワイにおいて、石油は特に使い勝手の良い燃料であり、ゆえになかなか手放せなかった」ということである。

 
<理由2:石油を代替する燃料を調達しがたいから>
 「ハワイが石油依存体質から脱却できない」もうひとつの理由は、本土と比べて、石油に代わる燃料を入手するのが格段に難しいからである。
 まず、ハワイにおける化石燃料(石炭、石油、天然ガス)の埋蔵量は、限りなくゼロに近い。これは、ハワイが火山島であるからだ。一般に、火山や地震などで地殻変動が激しい地域では、化石燃料を長期にわたって貯めておけるような地質構造を安定的に維持することができない(そんな国について、我々もひとつ心当たりがありますね。そう、日本です)。
 だから、本土からの購入分も「輸入」と称するならば、ハワイは必要な化石燃料の100%を輸入に頼るしかない。ハワイの苦しみの根源がここにある。エネルギーを自前で調達できないというのは、やはり、非常につらいことなのだ。

 かつて日本は、原子力という切り札を使って「脱石油」を達成してきた。しかし、ハワイでそのカードに手を伸ばすことはできない。それは州法で禁じられたカードなのだ(禁じられた理由については諸説ある。たとえば、ハワイには既に米軍の原子力母艦があるからという説があるし、放射性廃棄物を島内で管理するのは難しいからという説もある)。
 
 もうひとつの有力な切り札は、先にも触れた天然ガスである。ハワイは発電用の天然ガスを輸入した経験がない。その理由は必ずしも詳らかではないが、「LNG(液化天然ガス)の受け入れ基地をはじめとして、インフラ整備に必要な初期投資額が大きすぎて、関係者が及び腰になったから」というのが私の推測だ。個人的には、シェールガス増産の影響で石油と天然ガスの価格乖離の激しいいまこそ、天然ガスの輸入に踏み切るチャンスだと思う。特にハワイは、(原油価格ではなく)米国内のガス市場価格に連動する廉価のLNGを、米本土から調達できる公算が高いのだから。

 「自前調達」「原子力」「天然ガス」という、本土や他国では当然のように切られてきたカードが、ここハワイでは封じられていて、そのため石油依存から抜け出せないまま、電力料金がじりじりと上昇していく。そう考えると結構切ない話ではある。
 とはいえ、バレルあたり100ドル超えという狂った油価がこの先も長く続きそうな現況において、このまま何も手を打たずにいると、ハワイの経済は遠からず沈没する。再生可能エネルギーの比率を「2030年までに40%」とする目標は、そうしたリアルな危機感から生まれたものなのだろう。野心的な数字は、そのまま決死の覚悟の現れと読みとることもできる。
 この勝負、吉と出るか凶と出るか。ハワイのエネルギー政策は、いままさに過渡期にある。


出所:ハワイ州産業経済開発観光局「Energy Resources Coordinator's Annual Report 2012」(2013年)を基に筆者作成
註1:2011年および2012年分は推計値
註2:これもまた、原油価格と「正の相関」を持っていることがわかる


 勝算はある。

 たとえば、この話のそもそもの出発点であった、ハワイの電気代の高さ。これを逆手に取れば、あるいは活路が開けるかもしれない。
 「太陽光発電の調達コストは高すぎて、そのために導入がなかなか進まない」というのが、いわばこれまでの相場観であった。でもここハワイでは、電気料金がすでに十分に高いし、石油の代替燃料も入手しづらいので、太陽光発電が他州・他国よりずっとリーズナブルな選択肢となっているのだ(前回の記事で触れた太陽光発電の損益分岐コスト「$0.28/kWh」は、全米平均の電気料金「$0.10/kWh」に比べると高いけど、ハワイの電気料金「$0.34/kWh」に比べれば安い)。

 電気料金をめぐる関係者(すなわち政府、電力会社、消費者)の利害が一致するというのは、普通、あり得ない状況である。
 ところが、いまのハワイでは、

電気料金が高すぎる ⇒ やばい ⇒ 太陽光発電を導入しよう

という意識が関係者全員に共通しているため、その「あり得ない状況」が現出している。これも元を正せばハワイが石油に頼りすぎたからなのだ、と考えると皮肉な話ではあるけれど、でもハワイのエネルギー政策に一筋の光明を見出すとしたら、このあたりを探すべきなんじゃないかと私は思う。




 大いなる不確実性を前にして、怯まず、考え抜き、進むべき道を切り開く。ある人はこれを「勇気」といい、ある人はこれを「智恵」という。またある人はこれを「政策」という。
 まあ呼び名は何だっていい。いずれにせよ、そうやって人類はしぶとく歩を前に進めてきた。これまでも、そして願わくば、これからも。

 ハワイに祝福あれ。

2 件のコメント:

  1. とても魅力的な記事でした。
    また遊びに来ます!!

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    1. ありがとうございます。私はいまバークレーに住んでいるのですが、ハワイでの暮らしが懐かしいです・・!

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