2013/03/30

天気と自殺の関係について考えたこと

アメリカ西海岸の魅力を語るとき、その気候について触れない人はいないだろう。



バークレーも例外ではない。




市当局によると、1年のうち300日以上が晴れだという。




まったくもう、あきれるくらいに天気が良いのだ。




だから、




落ち込んだときも(だいたい英語がうまく話せなかったときだ)、




余裕がないときも(だいたい宿題に追われているときだ)、




この晴れ渡った空を眺めているうちに、自然に心の凝りがほぐれてくるというか、




「まあ、いいか」という按配になる。




「太陽も明るいことだし、ひとつ気楽にいこうじゃないか」と。




この安定感、信頼感は、ただごとではない。




そういう意味では、




我々は、ドストエフスキーがカリフォルニアに生まれなかったことを感謝すべきかもしれない。




「悪霊」や「カラマーゾフの兄弟」の舞台がバークレーだったらどうだろう。たぶん、文学史に残る傑作にはならなかったのではないか(それはそれで読んでみたい気もするけど)。




そういえば、「日照時間の少ない国は自殺者が多い」という内容の記事を、どこかで読んだ。あれは本当だろうか。疑問に思った私は、習いたての計量経済学の知識を使って、ひとつ調べてみることにした。



 この散布図は、世界各国の日照時間(各都市における年間累計時間の平均値)を横軸に、自殺率(10万人あたりの年間自殺者数)を縦軸に取ったものである。
 日照時間はWMO(World Meteorological Organization:世界気象機関)から、自殺率はWHO(World Health Organization:世界保健機関)から、それぞれ引用した。サンプル数は86個、これは両方のデータが揃っていた国の数である。

 自殺率のベストテンは(ベストという表現は不適当だな、しかし)、

 第1位  リトアニア 31.6 (1,733)
 第2位  韓国 31.2 (2,428) 
 第3位  カザフスタン 25.6 (2,199)
 第4位  ベラルーシ 25.3 (1,782)
 第5位  ハンガリー 21.7 (1,988)
 第6位  日本 23.8 (1,832)
 第7位  ラトビア 17.5 (1,721)
 第8位  中国 22.2 (2,402)
 第9位  スリランカ 21.6 (2,621)
 第10位 ロシア 21.4 (1,693)
 (カッコ内は日照時間)

という顔ぶれとなった。
 日照時間の短い北欧勢が上位を占める一方で、東アジア勢もなかなかの健闘ぶり(という表現も不適当だな、やはり)を見せている。これは日中韓の社会が特別にストレスフルということなのか、それとも民族的な死生観の違いによるものなのか、そのあたりを比較文化論的に突き詰めていくと一大テーマになりそうだ。

 ちなみに、自殺率の最も少ない国は、

 第86位 ジャマイカ 0.1 (3,002)

であった。
 さすがはレゲエ発祥の地、そしてボブ・マーリーを生んだ国。保安官は撃っても(I Shot the Sheriff)、自殺はしないのだ。

 視線を散布図に戻そう。全体として見れば、データのばらつき(分散)は大きいものの、どことなく負の相関がありそう、つまり「日照時間が少ない国は自殺者が多い」と言えそうだ。
 でもそれでは単なる印象論である。統計的にどのくらいの確度を持ってそう言えるのか、もうちょっと議論を掘り下げる必要があるだろう。
 ここでは、最も単純な分析手段として、線形(Linear)の単回帰モデル(Simple Regression Model)を使うことにしよう。

 ・・・何だか教科書みたいな文章になってきたな。すみません。興味のない方は適当に読み飛ばしてください。


 上記は、統計ソフトStataの出力結果である(あなたがGSPPに入学したら、きっとこの画面に親しみを覚えるようになるだろう!)。これは、先の散布図に対する回帰モデルが



で表されるということを意味している。Xは日照時間、Yは自殺率である。
 この式の傾き(説明変数xの係数)は「-0.0057」だ。すなわち、日照時間が「1,000時間」減ると、自殺率は「-0.0057×(-1,000)=5.7」だけ増える(10万人当たりの自殺者数が5.7人増える)ということだ。少なくともこのモデルの解釈としてはそうなる。

 このマイナスの傾きは、どのくらいの確からしさで(どの程度の有意水準で)存在すると言えるのだろうか。それを調べるには、まず、「傾きがゼロである」という仮説(Null Hypothesis)を用意して、これに対するt検定(t-test)を実施すればよい。
 その結果は如何に?実はすでにStataが計算してくれている。「-4.70」がそれだ(出力結果の赤囲み部分を参照)。そしてp値(p-value)は0.001未満(画面上には「0.000」と表示さていれる)である。このp値は、「実際には傾きがゼロなのに(日照時間と自殺率には何の関係もないのに)そうではないと判断してしまう確率」のことだ。つまり、p値が0.1%未満ということは、裏を返せば99.9%の確率で「日照時間は自殺率に何らかの負の影響を及ぼしている」ということになる。


 ってこたァ、「日照時間が少ねえほど自殺する奴が増える」ってことですナ、ご隠居さん。やっぱりお天道さんてなァありがてえもんだ。オイラひとつ賢くなりやした。うちのカミさんにもひとつ聞かせてやらなくっちゃあ・・・という結論に飛びつくのは、まだ早い。上述の分析には、実はいくつものツッコミどころがあるのだ。


<ツッコミどころその1: クロスセクションデータとしての不完全性>
 この散布図は、分類的には「時系列データ」ではなく、「クロスセクションデータ」である。つまり、前提として、すべてのデータは同一時点のものでなければならない。
 ところが、実はこれらのデータの取得年度は同じではない。日本とリトアニアの自殺率は2011年のデータだが、韓国とベラルーシは2010年、ハンガリーとラトビアは2009年、カザフスタンは2008年、といった具合に。
 加えて、同じ国でも日照時間と自殺率の年度は異なっている。アメリカを例にとると、その自殺率は2009年のデータだが、日照時間は1961-1990年の平均値なのだ。
 言うまでもなく、データは年とともに変わるものである。自殺率は特にそうだろう。今回上位にランクインした国は当該年度にたまたま多くの自殺者が出ただけかもしれないし、その逆もあり得る。
 解釈の精度を上げるには、たとえば「一定期間の自殺率のデータを引っ張ってきて、それらの平均値を出す」といった方法があるだろう。

<ツッコミどころその2: 日照時間のデータの有意性>
 日照時間のデータの扱いにも議論の余地がある。たとえば、アメリカについては166都市の平均を取っているのだが、その中にはマイアミ(3,154時間)やサンディエゴ(3,055時間)のように日照時間の長いところもあれば、ニューヨーク(2,535時間)やシカゴ(2,508時間)のように短いところもある。それらをひっくるめて2,714時間という平均値を割り出しているという、まあ乱暴な話ではある。
 国土の広い国も狭い国も、データの分散の大きい国も小さい国も、単純に平均値として同じまな板に乗せているのだから、その有意性については推して知るべし、ということだ。

<ツッコミどころその3: 除外変数バイアスの存在>
 回帰モデルを解釈する要素のひとつに、R-2乗値(R-squared)がある。これは、「従属変数y(自殺率)の変動のうち、独立変数x(日照時間)によって説明できる割合」を意味する。今回のモデルのR-2乗値は「0.2084」(Stataの出力結果の青囲みの部分を参照)。つまり、日照時間が自殺率の変動に寄与する割合は約2割ということだ。
 R-2乗値の解釈に絶対的な基準はない。とはいえ、これがクロスセクションデータであることを考慮すれば、まずまずの相関と言えるだろう。
 他方で、日照時間で説明できる割合が2割ということは、残り8割が説明できないということでもある。ではその8割に含まれる要素として、どんなものがあるだろう。失業率、離婚率、鬱病の発症率?あるいは、その国の宗教が(イスラム教やキリスト教のように)自殺を禁じているか、(仏教のように)明確に禁じていないか?
 より正確なモデルを作るには、上に挙げたような除外変数(Omitted Variables)を加えた重回帰モデル(Multiple Regression Model)を作り、「日照時間が自殺率の変動にどれだけ寄与するのか」について、改めて評価する必要がある。

<ツッコミどころその4: 誤差項の分散の不均一性>
 通常の回帰モデルを使う前提のひとつに、「回帰によって説明できない誤差項の分散(Variance of Errors)は一定である」(Homoskedasticity)というものがある。言い換えると、「【従属変数y(自殺率)の観測値】から【回帰曲線(y = -0.0057x + 23.697)上のy値】を引いた数の2乗は、独立変数x(日照時間)に関係なく常に一定である」ということだ。
 しかし、上の散布図を見る限り、これは明らかに一定ではない。たとえば、日照時間が2,500時間付近の自殺率のデータのばらつき具合と、3,000時間付近のそれとでは、どう見ても前者の方がばらついている。これは困った事態である。何が困るかというと、誤差項の分散にムラがあると、回帰モデルの傾きの有意性に怪しい部分が出てくるのだ。
 したがって、このような「誤差項の分散の不均一性」(Heteroskedasticity)を反映したモデルを組み立てるには、たとえば加重最小2乗法(Weighted Least Squares)などを用いて推定をやり直す必要がある。

 とまあ、ここまで長々とごたくを並べておいて、結局何が言いたかったのかといえば、「アメリカ西海岸の気候は素晴らしい」という、それだけのことである。お後がよろしいようで。

【補遺】
 このブログの大いなる特徴のひとつに、「筆者より読者の方が頭が良い」というものがある。
 賢明にして寛容な、そして愛すべき読者諸氏よ。今回の記事に、事実誤認、説明不足、文意不明瞭、あるいはそのすべてを認められたならば、どうか遠慮なく私にご教授ありたい。

2013/03/10

「32時間プロジェクト」の苦しみを楽しんだこと

 「32時間プロジェクト」(32-hour Project)は、政策分析入門(Introduction to Policy Analysis)の授業における課題のひとつ。Budget Projectと並んで、GSPPの名物プロジェクトとして知られている。なんでも、30年以上前から続いているのだとか。
 ルールを簡単に説明すると、

・ 一人一題、ランダムに割り当てられる政策課題について、
・ 背景知識ゼロの状態から、
・ 授業で習った8つのステップを駆使して、
・ 日曜日の真夜中までに、
・ 政策分析/立案ペーパーを作成する。

というものだ。「ペーパーは5ページ以内」「専門用語を使わない」「先生以外なら誰に相談してもオッケー」などといった細かいルールもいろいろあるが、ここでは省略する。
 以下、実況レポート風に紹介したい。


【2月14日(木)】
11:40
授業の終盤、Jesse先生が魔法学校風の帽子をおもむろに取り出すと、クラスのテンションが一気に上がる。この帽子に入った紙きれが、今後の(少なくとも今週末の)我々の運命を左右するのだ。

私のお題は、これであった。

Costly LEED certification for so-called "green buildings" is unnecessary and socially wasteful, since builders, buyers and tenants already have every financial motivation to maximize energy efficiency.
バイヤーにもテナントにも建設業者にも、建物のエネルギー効率を最大化しようとする財政的なモチベーションがすでにあるのだから、コストのかかるLEED認証(いわゆるグリーン・ビルディング)は社会的に無駄だし不必要である。

なんと、私の関心領域のど真ん中に位置するエネルギー・環境政策ではないか。しかも前知識がまったくない。これは僥倖だ(熟知したお題だったらもう一度くじを引いて選び直さなければならない)。

ところでLEEDって何だ?鉛電池のことか?いや違うな(鉛はLeadですね)。
クラスメートによると、省エネ住宅の認証制度のようなものらしい。Leadership in Energy and Environmental Designの略とのこと。アメリカ人なら大体誰でも知っているとのこと。なるほど。知らぬは私ばかりなり。


11:55
クラスメートのひとりが住宅業界出身で、LEEDにとても詳しいと聞く。政策の「受け手」としてのリアルな知見は、大いに参考となるに違いない。これまた僥倖だ。

「週末いつでも連絡してね」と彼女は言う。
「ありがとう。助かるよ」


12:00
韓国人のクラスメートの顔が曇っている。「アメリカの男女教育機会均等法(Title IX)をチーム・スポーツの指導者の給料にも適用させるべきか」というお題で、興味も知識も無いからつらいという。うーん、大変そうだ。といって助言も何もできないけど、とりあえず一緒に昼飯を食べに行くことにする。


12:15
近所のベトナム料理屋で、「美味しんぼ」の海原雄山が一口食べたら配膳をひっくり返しそうな味の海鮮フォーを啜りながら韓国人と与太話をしていると、2年前にGSPPを卒業した別の韓国人に偶然会って、日本のラーメン屋はどこがイケてるとか共通の知り合いがいるとかいった他愛ない話をする。「32時間プロジェクト」の攻略法についても質問すると、「中身はどうでもいい。要は『8つのステップ』を守れているかどうか。それだけだ」という答え。本当かよ。でもありがとう。そう言って別れる。


12:40
「開発学」セミナーに出席する。今回は、ブラジルの農業ビジネスを10年くらい支援してきたというHaas(UCバークレーのビジネススクール)卒業生の話。面白い。


14:30
Haasのキャンパス訪問に来たK君のために、近所のスーパー「Trader Joe's」で水とバナナとチョコレートを買う。


15:00
「32時間プロジェクト」はもう大丈夫なんじゃないか。そんな気がする。根拠はないけど。
(劣等生の思考パターン)

ということで、K君に日本で買ってきてもらったハイルブローナー「入門経済思想史 世俗の思想家たち」を読みはじめる。間口は広く、奥行きは深い。尋常ならざる吸引力。これはひさしぶりに、大当たりの予感だ。
(2013年3月23日追記: その後、原書まで買ってしまった)


17:00
昼寝。(夕寝?)


18:00
昨晩我が家に宿泊したK君に、水とバナナとチョコレートを渡して、別れる。彼はいまからスタンフォードに向かうのだ。

さよなら、さよなら、また会う日まで。
その日が今年であることを祈っているよ。


19:00
「入門経済思想史 世俗の思想家たち」の続きを読む。だめだ、面白すぎる。


23:00
眠くなったので、寝る。「32時間プロジェクト」は、明日からがんばろう。
(劣等生の思考パターン)





【2月15日(金)】
9:00
「計量経済学」の補講。今日のテーマは重回帰分析。見よう見まねで練習問題を解くまではできるけど、自分の道具として使えている実感がまだ湧かない。修行が必要だ。


10:30
クラスメートと「32時間プロジェクト」について雑談する。彼女のお題は、「地球温暖化問題は中国の石炭消費に因るところが大きいので、アメリカは新たな石炭輸送基地を西海岸に建設するべきではない」というもの。うーん、面白い。面白いんだけど、政治、経済、外交と、分野別の取っ掛かりが多すぎて、逆に難しい気もする。まあがんばれ。

以下、彼女に話した思いつきの要約。

・ アメリカが中国への石炭輸出をストップしたところで、国内生産や輸入(豪州とかインドネシアとか)で代替されるのがオチだろう。

・ であれば、中国に対して、石炭輸出枠とクリーンコール発電をパッケージで売り込むというアイデアはどうか。ビジネスの旨みも損なうことなくCO2排出量が減らせていいんじゃないか。

・ 「西海岸VS東海岸」で、建設コストと輸送コスト、それから環境負荷コストも入れた比較分析をやってみたらどうだろう。20年くらいの累積で。たぶん西海岸が勝つんじゃないかな。


10:45
「ミクロ経済学」の補講。今日のテーマは現在価値と将来価値。


12:00
クラスメートからおもむろに鉛筆削りを渡される。
「これ、ダイソーで買ったんだけど、なんて書いてるのか教えて」

見ると、「けずっ太くん」とある。どう翻訳しよう。
「Mr. Driller」?
そんな名前のゲームがあったなあ。でもそれだと石油の掘削リグみたいで、手のひらサイズの鉛筆削りとはイメージの乖離も甚だしい。それでは「Mr. Sharpener」というのはどうだろうか。

「まあとにかく駄洒落なんだよ、これは」
「なるほどね」

※ それから1週間後、「Sharpening Tom」というのを唐突に思いついた。これはもちろん、「Peeping Tom」(出歯亀)のもじりである。


12:30
GSPPから徒歩5分の距離にある「東アジア図書館」にて、ようやく腰を据えて調べはじめる。Google ScholarやOskicat(UCバークレー図書館の検索システム)を筆頭に、出てくるわ出てくるわ、イワシ漁みたいに大量の論文・書籍が引っかかってくる。はは。愉快、愉快。


13:00
しかし、その高揚感は持続しない。これを全部消化できるわけがないからだ。早いタイミングで必要なものを絞り込んでいかないと、「あれこれ手を出して釣果は少ない」いつもの必敗パターンに陥るのは明らかだ。

まずはアウトラインを組み立て、その上で何が足りないかをある程度明確にしてから文献にあたろう。いや、その前に最低限の知識を仕入れておかないと。いやいや、まてよ・・・。

早くも迷ってきた。でもこの迷う感じが、ちょっとだけ楽しい。


14:00
調べると、日本語の資料もわりに充実している。まずはこちらを読んで(当然英語よりも理解が早い)、大まかな背景知識を得ることにしようか。


15:00
すると大体こんなことがわかった。

・ LEEDとは、建築物の環境配慮基準の認証制度のこと。米国グリーンビルディング協会 (U.S. Green Building Council)という非営利団体が運営している。お役所主導じゃないところがアメリカらしい。

・ 評価項目は、「省エネ&再生可能エネルギーの利用」、「節水性」、「屋内環境の快適さ」、「資材のリサイクル率」といった具合に多岐にわたる。

・ 合格すると、総合点数の高い順に、「プラチナ」、「金」、「銀」(なんかポケモンみたいだな)、「認定」という4種類にランク付けされる。当然、高ランクになるほど市場価値が上がる。すなわち、販売価格/賃貸価格が上乗せされる。

・ 1998年の創設以来、認定件数は増加の一途を辿っている(2011年時点で通算7,000件以上)。最近はアジア・中東などへの普及も著しい。

買い手にとっては、環境配慮という曖昧な価値が目に見えるようになる。売り手にとっては、開発インセンティブが「もうひと押し」される。一見していいことずくめのようだけど、反対派にしてみれば「その効果は本当にLEEDによってもたらされたものなのか?(統計的な有意性が認められないんじゃないか?)」とか、「費用(コスト)が便益(ベネフィット)を大きく上回るんじゃないか?」とか、突っ込みどころには不足しないようだ。

賛成派には賛成の材料が、反対派には反対の材料がそれぞれ集積されていき、その境界線で神学論争的なつばぜり合いが果てしなく続く。たぶんこれは環境政策全体に通じることなのだろう。炭素税しかり、排出権取引しかり。あるいはシェールガス開発が地下水資源に与える影響しかり。


15:20
LEED関連の記事のひとつが「行政組織学図書館」にあるというので(まあ実にいろんな図書館があるものだ)、地図を片手に自転車を走らせる。


15:40
図書館に到着。時間がないので、司書の人に直接聞く。すると一瞬で出てきた。その記事は、なんと、2年前からネット上に公開されているという。

足を使って調べた結果、Google検索の方が早かったことが判明。
寓話になりそうでならない話だ。


16:30
今度は「教育心理学図書館」に足を運ぶ。公共政策専門の司書さん(そういう人がいるのです)から、文献調査のイロハについて教えてもらうためだ。

さすがに司書さんはこのプロジェクトを熟知しており(今日のアポ枠は全部GSPPの学生で埋まっているという)、限られた時間でいかにして情報収集するかについて、そのコツをいろいろと教えてもらう。

なかでも素晴らしかったのは、「PAIS International」。これは、公共政策学や経済学を中心として膨大な書籍・雑誌・論文・各種資料が蓄積されたデータベースで、UCバークレーの学生であれば大概の資料が全文参照できるという。こうも容易にPDFをダウンロードできてしまうとは、何か違法行為を働いている気持ちになるくらい便利である。


17:00
パソコンの調子がおかしい。キャンパス内なので大学の無料WiFiが使えるはずなんだけど、インターネットにつながらないのだ。それでいて、ワイヤレス接続が無効にならない(エラーメッセージが表示される)。さらには、ウィンドウズXPの「ネットワーク接続」から「ワイヤレス ネットワーク接続」のアイコンが消えている。押しても引いても、何も反応がない。

・・・。

その悪い予感は、たぶん、当たっている。トロイの木馬、あるいはその種のウイルスに感染したのだ。さっきダウンロードしたやつにヤバいのがあったか、それともその前から感染していたか。これはもしかすると、パソコンを初期化する必要があるかもしれない。背中から嫌な汗が出る。

〆切が迫り、正念場はここからだ、というタイミングでパソコンが故障する、プリンターが紙詰まりを起こす、あるいはサーバーがダウンする、というのはこれまでの仕事でもしばしば経験してきた事象だが、まさかここでそれが忠実に再現されるとは思わなかった。
「32時間プロジェクト」、さすがに奥が深い。

さあ、盛り上がってきたぞ。お楽しみはこれからだ!
(切羽詰まったムードの職場にありがちな空元気で)


19:00
パソコンの不具合は結局解消されないまま、日本人のクラスメートと、「Berkeley Floor Cafe」でブレインストーミング。

2人のお題は、「校内での銃乱射事件を防ぐため、教師はもっと銃火器の訓練を受けたり武装したりすべき」と、「連邦政府はインターネット上の個人情報保護に向けた取組をもっと強化すべき」というもの。

両者ともにキャッチーだが、前者はお題の文章がアホっぽいぶん、反対するロジックも整理しやすそう。政策分析の対象をカリフォルニア州に限って(このプロジェクトでは政策レポートの受け取り手=顧客をわりに自由に設定できるのだ)、その中で「どんな手を打てるか」を調べていけばいいんじゃないかな・・・ということで見解が一致した。

難しいのは後者だ。「インターネット上の個人情報保護」とは、いかにも漠然としたテーマである。政策主体の選択肢だって「世界レベル」「連邦レベル」「州レベル」「企業レベル」といろいろあるし、『ステップ5:成果を予測する』には骨が折れそう・・・と、話は随意に展開していく。


19:50
つづいて、私のお題。
ここでいちばん重要なのは、『ステップ3:政策の選択肢を用意する』だろう。すなわち、このテーマの落としどころは(まず落としどころから考えるのは、日本のビジネスパーソンの長所かつ短所だと思う)、たぶん「現行制度の欠点の洗い出しと改善策の提示」だから、その選択肢は「①LEEDの廃止」「②LEEDの現状維持(Status Quo)」「③LEEDの改善」になるべきだ。

しかし、本当にそれだけでよいのか?「建築物の環境負荷を減らす」という根本の政策課題に立ち返ってみれば、LEED認証、すなわちラベリング制度を代替しうる選択肢として、「④補助金」「⑤税額控除」「⑥法規制」というのもあるんじゃないか。

そのとおりだ。他方で、「④補助金」「⑤税額控除」「⑥法規制」について時間内に議論をどれだけ深堀りできるか?という疑問(あるいは懸念)があるのもまた確かである。そこで、まずは「①LEEDの廃止」「②LEEDの現状維持(Status Quo)」「③LEEDの改善」の選択肢を詰めていって、余裕があれば論点を広げてみる、というスタンスはどうか。

・・・といったあたりが、このミーティングの暫定的な結論となった。みんなありがとう。ひとりで悶々と考えるより視野が開けるし、負荷も少ない。そういうところも仕事と同じだ。


21:00
帰宅。トロイの木馬だ。やっぱりそうだった。


23:00
「ファイルを削除できませんでした」・・・だと・・・?


25:00
「復元ポイントがありません」・・・だと・・・?


27:00
ようやく解決。これですべて駆除できたはずだ。たぶん。おそらく。プロバブリー。
もうこんな時間だ。寝よう。死の床に横たわりて。そんな名前の小説があったな。





【2月16日(土)】
11:00
「LEEDの欠点」について、文献を、ひたすら読む。

・ LEED認証ビルが高級市場に偏りすぎ。プライベート・ジェットで通勤するようなお金持ちが住人だったりするんだけど、それって明らかに環境に悪いよね。

・ LEEDが見るのは施工前までで、その後の使用状況については評価対象外。でも真に環境負荷の少ない建築物を称するなら、その持続性(サステナビリティ)こそが見るべきポイントなんじゃないの。

・ LEEDの評価は項目ごとの加点方式なので、ある項目を「捨てて」他の項目で勝負する戦略が有効になる。でも本来、総合的に評価するべきなんじゃないの。

当然ながら、すべての論点を追いかけることはできない。いま私がすべきことは、費用(コスト)と便益(ベネフィット)の比較分析である。そのあたりをできるだけ定量的に評価した論文があれば良いのだけれど・・・。


13:00
そんな論文が、うまい具合に見つかった。しかも、この前の「計量経済学」で習ったばかりの重回帰分析が使われている!他の条件を一定としたときに(Ceteris paribus)、LEEDが不動産価格に与える影響について、「ドル/面積」単位で割り出しているのだ。これは素晴らしい。興奮で体温が1℃くらい上昇する。


14:00
コストと一口に言っても、制度を利用する側の(建設業者などの)コストと制度を運営する側の(グリーンビルディング協会の)コストとでは、比較の「土俵」がそもそも違うよな、ということにいまさら気づく。


16:00
「週末いつでも連絡してね」のクラスメートにメールを送る。質問は2点に絞った。

・ LEEDの問題点って何だと思う?
・ LEEDの代替政策って何だと思う?

自分なりに仮説は用意したけれど、住宅業界出身の彼女ならではの「おもしろパースペクティブ」が出てきたらいいなあ、などと勝手なことを思いながら、送信ボタンを押す。


18:00
集中力が落ちてきたので、家族寮(UC Village)のトレーニング・ジムで走りながら論文を読む。汗をかくにつれて頭も冴えて、なかなかにはかどる。ちょっと変態っぽいけど。


20:00
読めば読むほど、詰めるべきポイントが増えてくる気がする。


21:00
現実逃避。「スーダラ節」を聴く。故・立川談志は落語を「人間の業の肯定」と断じたが、その形容はむしろこの名曲にこそふさわしいのではないか。


23:00
読むべき資料は山積みだが、そろそろインプットよりアウトプットを優先させる頃合いだ。ノートに手書きでアウトラインを書く。これをひと晩、寝かせよう。そして私も、もう寝よう。





【2月17日(日)】
10:00
アウトラインを手直し。いつの間にかノート3ページ分くらいになった。
煎じつめると、こんな具合だ。

・ アメリカの建築セクターって、環境によくないよね。これが問題意識。

・ 政策の選択肢は、大きく「①LEEDの廃止」「②LEEDの現状維持」「③LEEDの改善」「④財政支援(例:税額控除、補助金)」「⑤規制」の5つ。

・ これらの選択肢を評価する基準として、ここでは「A. 効率性(コストVSベネフィット)」「B. 実現性」「C. 継続性」の3つを設定。

・ 結論は、「③LEEDの改善」を軸として、「④財政支援」「⑤規制」の合わせ技。

・ 「③LEEDの改善」は、グリーンビルディング協会が主体。主な目的は、(これまで手薄だった)地方や中間層への普及拡大。例えば、手続きをもっとシンプルに、もっと安くする。あるいは、技術支援をして申請のハードルを下げる。

・ 「④財政支援」「⑤規制」は、州政府などの自治体が主体になるけど、彼らの取り組みを強化するのは協会の仕事。例えば、「LEED認証件数の伸びが今年いちばん良かったで賞」とか、「今年いちばんイケてた自治体」とかを発表する。あるいは、自治体の職員向けの研修派遣とかWeb相談窓口とかをもっと充実させる。


11:00
天気が良いので、散歩。家族寮近くのレストラン「Jimmy Bean's」の前で、LEEDプラチナ物件の内覧会の看板を見かける。こんなところにも!3日前なら絶対に気づかなかった。



12:00
住宅業界のクラスメートから返信がある。曰く、

>LEEDの問題点って何だと思う?
高級市場に偏り過ぎなこと。実際、LEEDの要求条件を満たすためには、かなりとんでもない費用がかかるので、結果的&実質的にVIP向けの物件しか基準をクリアできないのよね。

>LEEDの代替政策って何だと思う?
あなたの言うとおり、税額控除や補助金はLEED認証と相互排他的(mutually exclusive)ではないし、LEEDと絡めて実施中の州もいろいろあるよね。でも実はいちばん有力な選択肢は、LEEDよりもずっと廉価な認証制度、例えばオレゴン州の「Earth Advantage」とかじゃないかしら。これは、メモでもしっかり言及しておいた方がいいと思うわ。

ということだ。さすがに実体験を積んだ人の発言は重みがある。

前者については、認証条件を厳しくすればするほど、「素朴だけど建て付けのしっかりした古民家」みたいな、実はいちばん環境に優しい物件がスルーされてしまうという皮肉。

後者については、「他の認証制度への乗り換え」という、これまでまったく考えもしなかった選択肢の浮上。といっても、いまから資料を漁って比較分析をやって・・・というのは明らかに無理である。仕方がない、これから書くメモでは、「①LEEDの廃止」の項目で考察(らしきもの)を潜り込ませることにしよう。

苦しいけど楽しい。楽しいけど苦しい。「32時間プロジェクト」の真骨頂が見えてきた。


13:00
とにかく書きはじめよう。1時間1ページとして、5時間くらいはかかるだろうか。


16:00
3時間経ったのに、まだ1ページしかできてない。


18:00
「書くことは考えること」という、誰かの箴言をふと思い出す。書きながら新しいアイデアが出てくることもあるけど、このタイミングで構成を崩すようなネタは見送るほかない。イワシ漁をしていたら思いがけずエビがたくさん獲れたんだけど、漁業権がないからそのエビは捨てるしかない、そんな気持ちだ。

ようやく、2ページ。


20:00
「ここで我々が挙げるべき判断基準(Criteria)は・・・」などと知った風な言葉を並べているが、そんな書き手の心情は、8月31日のぎりぎりになって夏休みの宿題に追われている小学生と何ら変わらない。もっと早く手をつけておけばよかったのに。そうすればこんなことにはならなかったのに。いつも同じだ。人生は繰り返し。人生は一夜漬け。

「人生」という単語を使うと、何かいっぱしのことを言ったような気になるのはなぜだろう。

これで、3ページ。


22:00
ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」にあわせて阿波踊りを踊る。

ついに、4ページ。


24:50
終わった。じっくり原稿を見直す時間があればよかったけど、もう〆切を過ぎている。「Midnight on Sunday」という言葉を恣意的に解釈して、メールを送信する。

高揚と茫然。

お腹がずいぶん減っている。


26:00
ここに至るまでの経過をブログに書いてみようか、と思う。同時に、「ミクロ経済学」の分析メモの課題と、「計量経済学」の中間試験が、すぐそばまで迫っていることを思い出す。

まあいい。まずは寝よう。いつものように、続きは夢の中で考えよう。