2012/08/13

バークレーに着いて1週間が経ったこと

 バークレーに到着して1週間。いま私は、サン・パブロ通り沿いの「カフェ・レイラ」にて、2ドル75セントのマキアートを飲みながら、ロバート・ライシュ教授(元労働長官、現UCバークレー公共政策大学院教授)の授業「Public Leadership & Management」の課題図書となっているAdam Hochschild著「Bury the Chains」を読んでいるところだ。

 と、こう書くといかにもバークレー生活に順応しているようだが、実際にはクラスメートの英語がほとんど聞き取れずに冷や汗をかいたり、海外送金がうまくゆかず期日内に学費が払えそうもない状況に頭がくらくらしたりと、洗練とはほど遠い日々を送っている。それどころか、大学寮の手続きにも不備があったため、約2週間は安宿から安宿へと移動するよるべない生活を強いられているのが実情だ。

 しかし、毎日15キロくらいの距離を西に東に歩き回るという健康だか不健康だかよくわからない日々を過ごしていると、わずか1週間とはいえ「路上観察者」の視点からバークレーのいろいろな面が見えてくる。そこで今回は、多分に誤解を含んだ私なりの第一印象として、気づいたことをいくつか書いてみたい。




<外食>
 バークレーには実にたくさんのレストランやカフェがあって、少なからぬ店がOrganic、Vegirtarian、あるいはVegan(動物性の食材を一切使わない完全菜食主義)といった言葉をメニューに添えている。なかには「これって本当にベジタリアンか?」と首を傾げたくなるような料理もあるけれど、まあそこは拡大解釈をするとして、総じて自然食が多いのは確かである。これはたぶん、バークレーがヒッピー文化発祥の地であることとも関係があるのだろう(そういえば「孤独のグルメ」という漫画でもそんな話があった)。道端の落書きには、「Vegan or Die」などという、冗談だか本気だかよくわからないのもある。Vegan or Die?

 物価は、現下の円高(2012年8月現在、1ドル=約80円)を差し引いて考えても、それほど高くはない。朝食やランチなら、お店を選べば10ドル前後で満腹になる。コーヒーも一杯2~5ドル程度だ。紅茶も、烏龍茶も、ジャスミン茶も、チャイも、抹茶ラテも売っている。
 いわゆるアメリカ料理(油まみれのポテト、大皿を占拠する肉塊、日本では見たこともない色の炭酸飲料!)のお店もあるけれど、エスニック料理の店もそれ以上に多い。イタリア料理、中華料理、日本料理、韓国料理、タイ料理、ベトナム料理、インド&パキスタン料理、ヒマラヤ料理、メキシコ料理と、数え上げたらきりがない。さすがは人種のちゃんぽん(勝手に命名)・バークレーである。




<食材>
 バークレーには大型のスーパーがいくつもある。洗剤のような容器に詰まった1ガロンの牛乳や青緑色のケーキ(!)を目にしてため息が出ることもあるけれど、自然食嗜好のスーパーも少なからず存在する。

 たとえば、「TRADER JOE'S」というスーパーには、全体にオーガニックな食材が揃っていて、醤油や豆腐や玄米も売られている。これは日本人にはありがたい。そのおかげで、私は到着直後に泊まった「DownTown Berkeley YMCA」の共用キッチンにて、豆腐とブロッコリーの醤油味パスタなる即席料理をこしらえることができた。(ちなみにそのとき一緒にキッチンにいた中国人(高校生くらい)が、おそらく人生初の「鮭のフライ」に挑戦していて、私たち夫婦に調理法を尋ねながら最後には完成し、ひと切れ分けてくれた。それはとても美味しく、彼女の逞しさには見習うべきものがあった。出てきたのは「鮭のソテー」だったけど。)

 バークレーはまた、市井の人々が活発に行動する街でもある。有名な「ファーマーズ・マーケット」はもとより、各人が畑で取れた野菜などを物々交換するイベント「Crop Swap」は、オーガニックの極北というか、貨幣経済からの脱却というか、とても自由でバークレーらしい活動である。大学寮に住む希望者には畑が割り当てられるという噂も聞くので、余裕があれば私も参加してみたいものである。




<自転車>
 バークレーは自転車好きには最高の環境だ。Cannondale、SCOTT、GIANTなど、日本でも人気のブランドがバークレーでも元気に走っている。日本が誇るFUJIもあって、私は大いに愛国心をくすぐられた。

 大学の周辺に自転車屋さんはいくつもあるし、東京では未だ論争の種となっている自転車優先道路も、ここではしっかりと整備されている。ベイエリアの縦横を走る地下鉄(BART)には、輪行袋なしで自転車を持ち込むことだってできる(そのせいか、小径車や折り畳み自転車の類はあまり見かけなかった)。

 面白いことに、日本ではマイナーなリカンベント(仰向けに近い姿勢で漕ぐ自転車)やタンデム自転車(2人乗りの自転車)もしばしば見かける。サドルの高さが2階建てバスくらいある異様な自転車がUCバークレーのロースクール前を悠々と走るのを目撃したこともある。すごく自由で、すごく楽しそうだ。

 私はまだ住居が定まらないため、自転車の購入には至っていないが、遠からず何がしか自転車を購入しようと目論んでいる(日本からの船便にわざわざ自転車用の鍵とヘルメットを入れたくらいだ)。しかし悩ましいのは、自転車大国であるバークレーが、同時に自転車「泥棒」大国でもあることだ。ぴかぴかのロードバイクを買うべきか、それともリサイクルショップで廉価の自転車を買うべきか。贅沢な悩みではあるけれど。




<欠点>
 どの街にも優れた点と、そうでない点がある。バークレーも例外ではない。まずひとつに、「バスが時間通りに来ない」というのがある。公共交通機関であるバスが、10分遅れ、20分遅れなどというのはざらにある(おかげで私は授業にいきなり遅刻した)。さらに言うと、運賃を支払う際にお釣りが出ないし、運転手は次の停車駅を告げない。停まるべきところで停まらず、停まる必要のないところで停まる。しかし乗客たちは、特にそのことを不満に思う様子もない。諦念の境地に達しているのかもしれない。なるほど、ここは自由の国なのだ。

 大通りの空気も、あまりよくない。数年前に訪れた北京ほどではないが、UCバークレーから湾岸にかけて伸びる「University Ave.」を10分くらい歩いただけで、目鼻にぐんぐん悪い刺激が集まってくる。環境意識の高いバークレー市がこうした状況を放置するわけはない(と思いたい)けど、良くも悪くも車社会のアメリカにおいて、行政の取組がめざましい成果を生むのかどうかはわからない。




 あまりネガティブなことばかり書きたくないが、もうひとつだけ欠点を挙げるなら、それは治安の不均一性ともいうべきものだ。バークレーは全体として治安の良いところだと言われるし、私もそう思う。しかし、どこから撮っても絵葉書になりそうな瀟洒な住宅街から数ブロック歩くと途端に街路の陰影が濃くなる、ということはしばしばある。そこには公的な地図に記されることのない、目に見えない「仕切り」のようなものがあって、それはたぶん地元住民であれば誰でも知っていることなのだろう。

 そうした「陰影の濃い」地域には、街ゆく人々から金銭を貰いうけるための容器(それは帽子だったり、ギターケースだったり、スターバックスのカップだったりする)を携えて道端に座る人が見られる。彼らの中には、自由意思に基づいてそうした道を選んだような人もいるが、一見してそうではない人もいる。そうではない人は、概ね共通して、眼底が暗く澱み、赤黒く日焼けし、垢と屈託に塗れた無表情の表情をしている。そのうちの一人は、今日、私に「Hello Sir..」と話かけ近づいてきたが、私は片手を上げてそのまま通り過ぎた。1ドル札でも渡しておけばよかったのかもしれないが、私はそうしなかった。

 いまこの原稿を書きながら思うのは、公共政策大学院に通って、神妙な顔つきで経済学や政治学を勉強して、それでこの宿なき人の生活がどう変わるのだろうか、ということである。そんなことでいちいち立ち止まっている暇があったらもっと英語の勉強をしろよな、という話なんだけど、しかし世の中を良くするためにバークレーに来ているという大義(のようなもの)は、なるべく見失わずにいようと思う。

 最後に妙な脱線をしてしまった。今回はここまで。



(2013年3月17日追記: これらの印象が大きく変わったわけではないが、下記2点について補足したい。
①渋滞した大通りの空気が悪いのは相変わらずだけど、それ以外の場所は全体に良い環境で、むしろ東京より空気がおいしいんじゃないかと思ったこと。
②ホームレスは確かに多いけど、ホームレス支援の取り組みもまた多いということ。今年1月に「Larkin Street」というNPOにボランティアで参加した際、その豊かな人的/物的リソースに驚かされた)

(2014年4月2日追記: バークレーでの生活に興味のある読者は、「UC Villageの住人に10の質問をしたこと」も併せてご参照ありたい)

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