2014/04/11
2014/04/02
UC Villageの住民に10の質問をしたこと
今回は、UC Village(UCバークレーの世帯者向け学生寮。以下、ビレッジ)の在住者たちに投げかけた10の質問に対する回答を共有したい。これからバークレーにいらっしゃる方には、生活のイメージを掴む手がかりとしていただけたら嬉しい。
なお、記事中の写真は、すべてビレッジの敷地内で撮影したものである。
Q1.ビレッジへの入居は、申し込んでからすぐに許可されましたか?そうでない場合、どのくらいの期間を要しましたか?
【Mさん】
1ヶ月程度。
【Fさん】
先輩のアドバイスに従い、合格発表後の1週間以内に申し込みをしました。その後、2か月ぐらいで、許可が得られました。なお、入居予定日より早く許可が出た場合は、その分の家賃を支払わなければいけません。
【Aさん】
比較的すぐに許可されました。2週間くらいで返事がきたでしょうか。ただし、入居希望日(渡航日)よりも約1週間後から入居可能との条件でした。小さい子供(2歳)がいるので、なんとか早めに入れないかと頼んでみましたが、あっさり「無理」と返ってきました。仕方なく最初の1週間はホテル暮らしでした。
【Sさん】
4~5月ごろに申し込んで3週間ほどでオフィスから案内がありました。
【Iさん】
日本から4月の下旬に申し込みました。7月に単身渡米しましたが、まだ決まっておらずオフィスへ交渉し、8月末から入居することができました。交渉では「妻と子供がいる」等、いろいろ話したらなんとかなりました。なのでトータルで4ヶ月かかりましたよ。。。(涙)
【Nさん】
4月末から5月上旬くらいに、8月入居希望で申込をしましたが、許可の連絡が来たのは7月末ころ、9月上旬に入居可という内容で8月中には入居できませんでした。1か月弱住居なしで生活するのはなかなか大変でした。
【Satoru】
4月上旬に申し込みましたが、事務手続きがうまくいかず(このあたりの経緯は奥さんのブログに詳しいです)、8月下旬にようやく入居できました。それまでは、モーテルやサブレットを転々とする暮らし。スーツケースをずるずる引きずって、よるべない日々でした。
---
(2014年4月8日追記)
最近の傾向として、客員研究員は手続きを後回しにされてしまうケースが多いようだ。
本記事をお読みになったYさんから経験談が届いたので、ここに掲載したい。
【Yさん】
我が家は、夫婦ともに客員研究員ですが、2013年5月に申し込み、8月半ばに「子連れで直接交渉すれば何とかなるだろう」と楽観してともあれ渡米して、早速子供2人の手を引いてハウジングオフィスに掛け合ったものの「今年は絶対無理」と言われ、泣きそうになりながら家を探し、何とかホテル暮らし5泊で現在の家を見つけた次第です。
8月末に、新たに来た各国の客員研究員100人くらいが集まってのオリエンテーションがありましたが、ビレッジに入居できた人は1人もおらず、我が家はウェイティングリストに11月まで掲載されていましたが、結局OKは出ませんでした。
Q2.「日本から持ってくればよかった(持ってきてよかった)」というアイテムがあれば、教えてください。
【Mさん】
掃除機、旅行ガイドブック。
【Fさん】
基本的にこちらで入手できるので、特にありません。
【Aさん】
持ってくればよかったものは、特段思いつきません。そのくらいなんでも手に入ります。
持ってきてよかったものは、子供用の日本語の絵本です。私の場合、卒業後日本に帰ることが決まっていたので、子供に日本語を覚えさせるため、日本語の本の読み聞かせをしたいと思い、たくさん持ってきました。50冊くらい。毎日喜んで聞いていますので、親としてもうれしい限りです。ただ、バークレーの図書館にも日本語の絵本があるらしいので、そこで借りることも可能だと最近知りました。どのくらい蔵書があるのか分かりませんが。
あと、妻によると、台所用のはかりを持ってきたのが正解だったようです。こちらは重さをポンドではかるので、台所用のはかりもポンド仕様です。よく日本語のインターネットページを見て調理するので、当然重さはグラムで書いてあり、グラム仕様のはかりがないと、その都度換算しないといけないので面倒だ、とのことです。料理好きなら検討の価値ありかもしれません。
さらに、我が家は日本のヘッドの小さい歯ブラシを愛用しているので大量に持ってきました。アメリカの歯ブラシは効率的?で、ヘッドがすごく大きいです。地方の歴史ある旅館に泊まると、歯磨き粉がブラシ部分に付いてある状態で置いてある、あの磨きにくいやつ、をさらに大きくしたようなものです。好みにもよりますが、私は小さいヘッドの歯ブラシを持ってきてよかったと思いました。
【Sさん】
日本から持ってくればよかったものは一部の日本の調味料。塩や砂糖、胡椒、ワサビ、練ガラシなどはこちらでも売ってますが、顆粒の鶏ガラ中華スープや粉末だしなどの微妙なものがなかなか売っていないとのこと。
【Iさん】
スキー板、ストック等。
アメリカは高いし良い板を置いてません。私はブーツを嫁に持ってきてもらいましたが、せっかく良いスキー場でも道具がレンタルだと楽しめません。ウエアは安くて良いものがアメリカにはあるのですが。。。
【Nさん】
寿司桶、和食器。ポットラックが多いので重宝しました。
【Satoru】
持ってくればよかったのは、携帯ウォシュレット。結局、Amazon.comでTOTO製の輸入品(YEW350)を買いました。これのおかげで、私の肛門まわりは最高のコンディションです。
持ってきてよかったのは、ダイキンの空気清浄機(MC75JY-W)と、パナソニックの加湿器(FE-KXG05)。どちらも日本で長く使っていたので、即戦力になりました。
でも正味な話、ビレッジのムービング・セールなどでほとんどの品物が格安で手に入るので、持ち物は少なめの方が良いと思います。
(2014年4月25日追記)
ひとつ、書き忘れてました。
着物や浴衣などの和風なアイテムを持ってくれば各イベントで使えたのになぁ・・・と悔やむ場面がいくつかありました。私は甚平(寝間着の代わりに持ってきた)を着て落語を演りましたが、やっぱりちょっと違いましたね。
Q3.逆に、「持ってこなくても大丈夫だった」ものがあれば教えてください。
【Mさん】
子供用品。アメリカで売っている物で十分です。
【Fさん】
ダウンジャケットは1週間ぐらいしか使いませんでした。半そでも必要ありません。
乾燥機があるので(1回1ドル)、ハンガーや物干し竿はいらないかもしれません。
【Aさん】
私の場合は特にありません。
ただ、これは友人から聞いた話ですが、船便でたくさん日本からものを送ったが、到着まで結構かかり(2月程度)、その間アメリカで必要なものは買ってしまったので、到着した時には不要品が到着したと聞きました。
【Sさん】
炊飯器は不要でした。象印などの日本メーカーの炊飯器も売ってますし、Cuisinartの電気圧力鍋でとても簡単に美味しいご飯が炊けます。
【Iさん】
ホームベーカリー!
一時帰国時に持って行きましたが、大きい変圧器が無いと使えません。我が家は変圧器を日本から送ってもらって(計1万5千円程度支出)使えるようにしましたが、パンを焼いたのも一桁台だったかもしれません。粉も専用の粉が売ってないし。。。これだけは大失敗でした。(妻に内緒ですが。。。)
【Nさん】
ゴルフセット。
帰国組からもらえることも多く、また、こちらで安く買うこともできます。
【Satoru】
日本語の本。
こちらでも入手できるし、英語の書籍を読むインセンティブを削いでしまうので、失敗でした。
「ローマ帝国衰亡史」岩波文庫全10巻セットとか、何でそんなの持ってきちゃったんだ、って感じですね。
Q4.車は持ってますか(持ってましたか)?やはり、あると便利ですか?
【Mさん】
持っています。便利です。
【Fさん】
日本ではペーパードライバーでしたが、退去される日本人の方より購入致しました。備え付けの冷蔵庫が大きいので、1週間に1回、1週間分の食材を購入するのには車が便利だと思います。
旅行が好きな人は、車でかなり遠出をしているようです。
サンフランシスコへも車の方が便利です。ビレッジからバス(52番)→電車→SFは意外と時間がかかります。
【Aさん】
持っています。日本人から買いました。さとる先生のように、自転車で済ましてしまう強者もいることは承知していますが、一般的に言いますと、必需品だと思います。買い物、幼稚園への送り迎え、旅行等いろいろ活躍します。
【Sさん】
持ってます。日本の都市と郊外のちょうど中間のような交通環境なので、普段の生活の足から、週末の外出、長期休み中の遠出までと大活躍です。我が家には必須のアイテムです。
【Iさん】
渡米当初はアメリカンな車を想像しておりましたが、現実はシビックに乗ってました。車は必要不可欠だと思いました。妻も子供といろいろ車で出かけてましたし、家族旅行も結局車が多かったです。日本とは違い車検もないので、維持費が安いですが、自動車保険は高かった。。。
【Nさん】
持っています。買い物が徒歩圏ですべて済むわけではなかったので重宝しました。
【Satoru】
持っていません。あればもちろん便利ですが、なくてもまあなんとかなります。
「車は運転するものではない。運転してもらうものである」
MBA/MPHのMasakiさんの名言です。
Q5.バークレー近辺でおすすめのカフェ・レストランはどこですか?
【Mさん】
Blue bottle coffee、Gather
【Fさん】
Lama Beans、Bette's Oceanview Diner
【Aさん】
家族でよく行くのはランチ99内の中華麺屋さんです。割と安くて美味しいですが、何が入っているのかとても気になる方は行かない方がいいかもしれません。
【Sさん】
やっぱり手軽なアメリカならではのローカルなファストフードですね。ピザならCheese Board Pizza、ホットドッグならTopDog、ハンバーガーならEureka!、ビアバーならJupitorがオススメ。
【Iさん】
あまり外食をしなかったのですが、僕は学内の「free speech movement cafe」が好きでした。水筒もって行くとコーヒーが$1.5で飲めるし、ブラウニーやスイーツも美味しかったです。晴れている日はリスもやってきたりカリフォルニアを感じるカフェでした。あとはビレッジ近くのピラミッド!地ビールがお手頃価格で飲めるのが良い。専用ボトルでビールだけリフィールして帰って来れるのも良いですね。
【Nさん】
Great China (Chinese), Gregoire (French), Meal Ticket (Cafe), Bowld (Korean)
【Satoru】
インド料理なら「Ajanta」と「aangan」、中華料理なら「中山美食」と「小香港」、韓国料理なら「Bowld」、タイ料理なら「Bua Luang」、ベトナム料理なら「Anh Hong」と「Nong Thon」、日本料理は・・・正直あまりいいところがないんだけど、「Kiku Sushi」にはよく行きます。
ビールなら「Pyramid Brewery & Alehouse」、ピザなら「Little Star Pizza」、アイスクリームなら「Ici」と「Sketch」と「iScream!」、サンドイッチなら「SLOW」、ホットケーキとクロワッサンなら「La Fable」。
カフェは、「BABETTE」がお洒落でいいですね。「Blue Bottle Coffee」は別格。(先日、ブログ読者の方から、「Blue Bottle Coffee」が東京に進出するというニュースを教えてもらいました。これは嬉しい!)
バークレーに限らず、おいしいレストランを見つけるコツは2つあると私は思っていて、1つ目は「現地に長く住んでいる人が推薦していること」、2つ目は「地元民っぽいおばさん/おじさんで賑わっていること」。後者は「おじさん/おばさん」というのがポイントです。トレンドに流されず、物事の本質(安くてうまい飯)を据える審美眼を持った人は誰なのか、という話ですね。
---
(2014年4月14日追記)
カフェについて。
「本を読んだり、勉強したりする場所」としての、私の考える良いお店の条件は、
1. 席数に余裕があり、長居が許される雰囲気であること
2. 店内のBGMが主張しすぎていないこと
3. 無料のWiFi環境があること(登録手続きとかは不要)
の3つなのですが、バークレーにはすべての条件を満たすお店がたくさんあって、とても助かります。特にありがたいのは「3.」ですね。日本のカフェもレベルは高いと思うけど、無料WiFiの環境が整っている店ってほとんどなかった気がする(少なくとも2年前の実感として)。東京オリンピックの開催を契機に、状況が改善されることを期待します。
Q6.食料品・日用品は、どこでよく買っていますか(買っていましたか)?
【Mさん】
Monterey Market、Target、Trader Joe's
【Fさん】
Berkeley Bowl West、Tokyo Fish Market、Acme Bread、Walgreens、Dollar Tree
【Aさん】
お肉はコストコ、野菜はモントレーマーケット、お菓子等はトレーダージョーズ、調味料はランチ99といったところでしょうか。
【Sさん】
Amazon(何でもかんでも)、Target(日用品と食品)、Trader Joe's(生鮮食品と酒)、Monterey Market(野菜・果物)、Bevmo(酒)、Lucky(アメリカのドメスティックブランドな食品一般)、Costco(いわゆるコストコ)、Ranch 99(台湾系スーパー。日本食も沢山売っており、オンシーズンなら蟹が安い)、Tokyo Fish Market(日本食)あたりが行動範囲です。
【Iさん】
野菜はモントレーマーケット。その他はバークレーボウルとトレジョーが多かったと思います。モントレーマーケットでは、松茸が安かったので、良く食べました。中国産や韓国産に比べて香りも良く美味しかったです。日用品はコストコかターゲットでした。どちらもアメリカのスーパーマーケットって感じですよね?
【Nさん】
食品は、週1でMoterey MarketとTokyo Fish Marketに買いに行っています。その他日用品はTargetに行くことが多いです。
【Satoru】
一番多いのは、近所の「Tokyo Fish Market」。あんまり行きすぎて、すっかり顔なじみになってしまいました。「これと同じもの、奥さんが今朝買ってましたよ」なんてね。
「Natural Grocery Company」と「Andronico's」にもよく行きます。そうですね、わりにオーガニック志向かもしれません。
Q7.子どもを連れてよく出かける(出かけていた)スポットはどこですか?
【Mさん】
ビレッジ内公園、Habitot Museum
【Fさん】
ビレッジ内のプレイグラウンド、YWCAのThe Centre、ビレッジのSing Along
【Aさん】
ビレッジ内のプレイグラウンドです。他にも近くの公園にはよく行きます。お勧めは、コドーニシズパーク・その隣のバラ園、ティルデンパーク、アクアティックパークです。
【Sさん】
UC Village内のPlay Ground、UC Villageに隣接するOcean View Park、大学裏山のLaurence Hall of Science(大学が運営している科学の体験学習ができる子供向け教育施設)、Tilden Regional Park(小さな牧場やメリーゴーランド、小型の蒸気機関車があります。)
【Iさん】
喜んだのはTilden Parkでした。牛に餌をあげられたり、ピクニックできたりと良い公園でした。あとは、スティンソンビーチは近くで手頃に遊べて本当に良いところでした。ちなみに水がつめたすぎて2年間海には一回も入りませんでした。
【Nさん】
まだ特にないのですが、Q5で挙げた中のレストランは子どもを連れて行っても大丈夫なので子連れで食べに行ったりしています。
【Satoru】
「Berkeley Aquatic Park」。
水鳥がいて、遊具もあって、あまり混雑していません。いいところです。
Q8.週末にちょっとしたお出かけをするなら、おすすめの場所はどこですか?
【Mさん】
ナパ、バークレーマリーナ。
【Fさん】
Berkeleyはあまり観光地ではないため、サンフランシスコへ行くのがお勧めです。
【Aさん】
ナパ・ソノマと、モントレー・カーメルです。前者は言わずと知れたワインカントリー、後者は小さいが小奇麗な観光地です。
【Sさん】
日帰りなら車で1時間程度のところにあるPoint Ray's National Seashore。季節によってはホエールウオッチングもできる雄大な海岸線、海岸に寝ころぶゾウアザラシ、近隣のオイスターファームで楽しめる牡蠣と、目もお腹も大満足です。宿泊有りならSanfranciscoから風光明媚なMonterey、Carmelを経由して、温泉宿のあるSycamoreまで海岸沿い(通称Big Surと呼ばれる地域)の1号線を南下すると絶景が楽しめます。
【Iさん】
あまり行けませんでしたが、ナパの方面にレイクベリエッサがあって、BBQも出来て水遊びも出来るのでおすすめです。友人と一緒に行くのが良いかもしれません。あとは、レイクタホも車で3時間くらいなので、そこまで足をのばすことができればもっと奇麗な湖が見れますね。
【Nさん】
車があるならNapaがおすすめです。
【Satoru】
東はアンザ湖、北はソノマ郡、西はサンフランシスコ、南はモントレー。
どちらを向いてもたのしいです。
Q9.夏休みなどに旅行した場所のうち、いちばん印象深かったのはどこですか?
【Mさん】
アラスカ。
【Fさん】
まだ、夏休みは経験していません。。。
【Aさん】
メキシコのカンクンです。オールインクルーシブホテルは最高でした。どこでもなにも気にせず食べたいもの・飲みたいものをオーダーできるシステム、中毒性が高いです。大富豪になった気分を味わえます。
【Sさん】
Canyonlands National ParkのIsland in the Skyです。本当に空の上の島にいる感覚を味わえます。
【Iさん】
私見ですが、グランドキャニオンは本当に良かった!あとはクレーターレイクは7時間くらいかかりますけどラッセン火山国立公園と併せて行くと良いです。水が奇麗でアメリカの広さと自然の美しさが同時に味わえます。
【Nさん】
Crater Lake国立公園。車で7時間と遠く、ほぼ湖を眺めるだけの国立公園ですが、その水の色はインパクト大でした。
【Satoru】
アムトラック鉄道で51時間かけて行ったシカゴ旅行。
目的地より、そこに至る過程の方がたのしかったです。
Q10.最後に、これからバークレーにいらっしゃる方へのメッセージをどうぞ!
【Mさん】
アメリカではほんと最高の生活場所です。
これからいらっしゃる方がうらやましいです。
【Fさん】
バークレーは、日差しが強く、乾燥していますが、一年中気候が安定しており、かなり過ごしやすいです。スギ花粉も飛んでいません。
世界で1番過ごしやすい場所かもしれません。
最初の3か月はかなりストレスフルな毎日になると思いますが、慣れてくると意外と快適です(2013年にこちらに来た私はようやく慣れつつあります。)
2015年まで居る予定なので、お会いできるのを楽しみにしております。
【Aさん】
アメリカ大学院に家族連れで留学するなら、住環境で言えば、ここよりよいところはほとんどないと思います。比肩するのはLAくらいでしょうか。ですので、安心してバークレーにお越しください。来年ビレッジのBBQでお会いするのを楽しみにしています。
【Sさん】
めいいっぱい時間を有効活用してください!
【Iさん】
留学の方は勉強、ヴィジティングスカラーの方は仕事と忙しいと思いますが、週末は思いっきり遊んだ方が良いです。帰国して感じるのは、もっと遊んでおけば良かったなと。。。また、バークレーで築ける人間関係は日本ではなかなか作れないので、是非いろいろな人と時間を共有してすばらしい人間関係を構築してください。僕はバークレーで1番良かったのはいろいろな人間関係が築けたことです。本当にこれは一生の宝だと思ってます。
最後に、酒が安いので飲み過ぎないようにしてください。私は飲み過ぎて一時体調を崩しました。。。
【Nさん】
美味しい物、行きたい場所が数多くある場所なので、序盤からハイペースで是非楽しんで下さい!
【Satoru】
バークレーでいちばん好きなのは、多様性がいい感じに保たれているところです。
人種はもとより、障害者も(東京より)ずいぶんよく見かけます。戦争などの外部要因がない限り、障害者の比率について都市間で統計的な有意差は生じないはずなので、これはやはりバークレーの先進的な福祉政策が結果を出しているということだと思います。
カリフォルニア州バークレー。訪れる価値のある街です。
なお、記事中の写真は、すべてビレッジの敷地内で撮影したものである。
【Mさん】
1ヶ月程度。
【Fさん】
先輩のアドバイスに従い、合格発表後の1週間以内に申し込みをしました。その後、2か月ぐらいで、許可が得られました。なお、入居予定日より早く許可が出た場合は、その分の家賃を支払わなければいけません。
【Aさん】
比較的すぐに許可されました。2週間くらいで返事がきたでしょうか。ただし、入居希望日(渡航日)よりも約1週間後から入居可能との条件でした。小さい子供(2歳)がいるので、なんとか早めに入れないかと頼んでみましたが、あっさり「無理」と返ってきました。仕方なく最初の1週間はホテル暮らしでした。
【Sさん】
4~5月ごろに申し込んで3週間ほどでオフィスから案内がありました。
【Iさん】
日本から4月の下旬に申し込みました。7月に単身渡米しましたが、まだ決まっておらずオフィスへ交渉し、8月末から入居することができました。交渉では「妻と子供がいる」等、いろいろ話したらなんとかなりました。なのでトータルで4ヶ月かかりましたよ。。。(涙)
【Nさん】
4月末から5月上旬くらいに、8月入居希望で申込をしましたが、許可の連絡が来たのは7月末ころ、9月上旬に入居可という内容で8月中には入居できませんでした。1か月弱住居なしで生活するのはなかなか大変でした。
【Satoru】
4月上旬に申し込みましたが、事務手続きがうまくいかず(このあたりの経緯は奥さんのブログに詳しいです)、8月下旬にようやく入居できました。それまでは、モーテルやサブレットを転々とする暮らし。スーツケースをずるずる引きずって、よるべない日々でした。
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(2014年4月8日追記)
最近の傾向として、客員研究員は手続きを後回しにされてしまうケースが多いようだ。
本記事をお読みになったYさんから経験談が届いたので、ここに掲載したい。
【Yさん】
我が家は、夫婦ともに客員研究員ですが、2013年5月に申し込み、8月半ばに「子連れで直接交渉すれば何とかなるだろう」と楽観してともあれ渡米して、早速子供2人の手を引いてハウジングオフィスに掛け合ったものの「今年は絶対無理」と言われ、泣きそうになりながら家を探し、何とかホテル暮らし5泊で現在の家を見つけた次第です。
8月末に、新たに来た各国の客員研究員100人くらいが集まってのオリエンテーションがありましたが、ビレッジに入居できた人は1人もおらず、我が家はウェイティングリストに11月まで掲載されていましたが、結局OKは出ませんでした。
【Mさん】
掃除機、旅行ガイドブック。
【Fさん】
基本的にこちらで入手できるので、特にありません。
【Aさん】
持ってくればよかったものは、特段思いつきません。そのくらいなんでも手に入ります。
持ってきてよかったものは、子供用の日本語の絵本です。私の場合、卒業後日本に帰ることが決まっていたので、子供に日本語を覚えさせるため、日本語の本の読み聞かせをしたいと思い、たくさん持ってきました。50冊くらい。毎日喜んで聞いていますので、親としてもうれしい限りです。ただ、バークレーの図書館にも日本語の絵本があるらしいので、そこで借りることも可能だと最近知りました。どのくらい蔵書があるのか分かりませんが。
あと、妻によると、台所用のはかりを持ってきたのが正解だったようです。こちらは重さをポンドではかるので、台所用のはかりもポンド仕様です。よく日本語のインターネットページを見て調理するので、当然重さはグラムで書いてあり、グラム仕様のはかりがないと、その都度換算しないといけないので面倒だ、とのことです。料理好きなら検討の価値ありかもしれません。
さらに、我が家は日本のヘッドの小さい歯ブラシを愛用しているので大量に持ってきました。アメリカの歯ブラシは効率的?で、ヘッドがすごく大きいです。地方の歴史ある旅館に泊まると、歯磨き粉がブラシ部分に付いてある状態で置いてある、あの磨きにくいやつ、をさらに大きくしたようなものです。好みにもよりますが、私は小さいヘッドの歯ブラシを持ってきてよかったと思いました。
【Sさん】
日本から持ってくればよかったものは一部の日本の調味料。塩や砂糖、胡椒、ワサビ、練ガラシなどはこちらでも売ってますが、顆粒の鶏ガラ中華スープや粉末だしなどの微妙なものがなかなか売っていないとのこと。
【Iさん】
スキー板、ストック等。
アメリカは高いし良い板を置いてません。私はブーツを嫁に持ってきてもらいましたが、せっかく良いスキー場でも道具がレンタルだと楽しめません。ウエアは安くて良いものがアメリカにはあるのですが。。。
【Nさん】
寿司桶、和食器。ポットラックが多いので重宝しました。
【Satoru】
持ってくればよかったのは、携帯ウォシュレット。結局、Amazon.comでTOTO製の輸入品(YEW350)を買いました。これのおかげで、私の肛門まわりは最高のコンディションです。
持ってきてよかったのは、ダイキンの空気清浄機(MC75JY-W)と、パナソニックの加湿器(FE-KXG05)。どちらも日本で長く使っていたので、即戦力になりました。
でも正味な話、ビレッジのムービング・セールなどでほとんどの品物が格安で手に入るので、持ち物は少なめの方が良いと思います。
(2014年4月25日追記)
ひとつ、書き忘れてました。
着物や浴衣などの和風なアイテムを持ってくれば各イベントで使えたのになぁ・・・と悔やむ場面がいくつかありました。私は甚平(寝間着の代わりに持ってきた)を着て落語を演りましたが、やっぱりちょっと違いましたね。
【Mさん】
子供用品。アメリカで売っている物で十分です。
【Fさん】
ダウンジャケットは1週間ぐらいしか使いませんでした。半そでも必要ありません。
乾燥機があるので(1回1ドル)、ハンガーや物干し竿はいらないかもしれません。
私の場合は特にありません。
ただ、これは友人から聞いた話ですが、船便でたくさん日本からものを送ったが、到着まで結構かかり(2月程度)、その間アメリカで必要なものは買ってしまったので、到着した時には不要品が到着したと聞きました。
【Sさん】
炊飯器は不要でした。象印などの日本メーカーの炊飯器も売ってますし、Cuisinartの電気圧力鍋でとても簡単に美味しいご飯が炊けます。
【Iさん】
ホームベーカリー!
一時帰国時に持って行きましたが、大きい変圧器が無いと使えません。我が家は変圧器を日本から送ってもらって(計1万5千円程度支出)使えるようにしましたが、パンを焼いたのも一桁台だったかもしれません。粉も専用の粉が売ってないし。。。これだけは大失敗でした。(妻に内緒ですが。。。)
【Nさん】
ゴルフセット。
帰国組からもらえることも多く、また、こちらで安く買うこともできます。
【Satoru】
日本語の本。
こちらでも入手できるし、英語の書籍を読むインセンティブを削いでしまうので、失敗でした。
「ローマ帝国衰亡史」岩波文庫全10巻セットとか、何でそんなの持ってきちゃったんだ、って感じですね。
Q4.車は持ってますか(持ってましたか)?やはり、あると便利ですか?
【Mさん】
持っています。便利です。
【Fさん】
日本ではペーパードライバーでしたが、退去される日本人の方より購入致しました。備え付けの冷蔵庫が大きいので、1週間に1回、1週間分の食材を購入するのには車が便利だと思います。
旅行が好きな人は、車でかなり遠出をしているようです。
サンフランシスコへも車の方が便利です。ビレッジからバス(52番)→電車→SFは意外と時間がかかります。
【Aさん】
持っています。日本人から買いました。さとる先生のように、自転車で済ましてしまう強者もいることは承知していますが、一般的に言いますと、必需品だと思います。買い物、幼稚園への送り迎え、旅行等いろいろ活躍します。
【Sさん】
持ってます。日本の都市と郊外のちょうど中間のような交通環境なので、普段の生活の足から、週末の外出、長期休み中の遠出までと大活躍です。我が家には必須のアイテムです。
【Iさん】
渡米当初はアメリカンな車を想像しておりましたが、現実はシビックに乗ってました。車は必要不可欠だと思いました。妻も子供といろいろ車で出かけてましたし、家族旅行も結局車が多かったです。日本とは違い車検もないので、維持費が安いですが、自動車保険は高かった。。。
【Nさん】
持っています。買い物が徒歩圏ですべて済むわけではなかったので重宝しました。
【Satoru】
持っていません。あればもちろん便利ですが、なくてもまあなんとかなります。
「車は運転するものではない。運転してもらうものである」
MBA/MPHのMasakiさんの名言です。
ビレッジ内にCity Car Shareの車があるので、これを利用する選択肢もある
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【Mさん】
Blue bottle coffee、Gather
【Fさん】
Lama Beans、Bette's Oceanview Diner
【Aさん】
家族でよく行くのはランチ99内の中華麺屋さんです。割と安くて美味しいですが、何が入っているのかとても気になる方は行かない方がいいかもしれません。
【Sさん】
やっぱり手軽なアメリカならではのローカルなファストフードですね。ピザならCheese Board Pizza、ホットドッグならTopDog、ハンバーガーならEureka!、ビアバーならJupitorがオススメ。
【Iさん】
あまり外食をしなかったのですが、僕は学内の「free speech movement cafe」が好きでした。水筒もって行くとコーヒーが$1.5で飲めるし、ブラウニーやスイーツも美味しかったです。晴れている日はリスもやってきたりカリフォルニアを感じるカフェでした。あとはビレッジ近くのピラミッド!地ビールがお手頃価格で飲めるのが良い。専用ボトルでビールだけリフィールして帰って来れるのも良いですね。
【Nさん】
Great China (Chinese), Gregoire (French), Meal Ticket (Cafe), Bowld (Korean)
【Satoru】
インド料理なら「Ajanta」と「aangan」、中華料理なら「中山美食」と「小香港」、韓国料理なら「Bowld」、タイ料理なら「Bua Luang」、ベトナム料理なら「Anh Hong」と「Nong Thon」、日本料理は・・・正直あまりいいところがないんだけど、「Kiku Sushi」にはよく行きます。
ビールなら「Pyramid Brewery & Alehouse」、ピザなら「Little Star Pizza」、アイスクリームなら「Ici」と「Sketch」と「iScream!」、サンドイッチなら「SLOW」、ホットケーキとクロワッサンなら「La Fable」。
カフェは、「BABETTE」がお洒落でいいですね。「Blue Bottle Coffee」は別格。(先日、ブログ読者の方から、「Blue Bottle Coffee」が東京に進出するというニュースを教えてもらいました。これは嬉しい!)
バークレーに限らず、おいしいレストランを見つけるコツは2つあると私は思っていて、1つ目は「現地に長く住んでいる人が推薦していること」、2つ目は「地元民っぽいおばさん/おじさんで賑わっていること」。後者は「おじさん/おばさん」というのがポイントです。トレンドに流されず、物事の本質(安くてうまい飯)を据える審美眼を持った人は誰なのか、という話ですね。
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(2014年4月14日追記)
カフェについて。
「本を読んだり、勉強したりする場所」としての、私の考える良いお店の条件は、
1. 席数に余裕があり、長居が許される雰囲気であること
2. 店内のBGMが主張しすぎていないこと
3. 無料のWiFi環境があること(登録手続きとかは不要)
の3つなのですが、バークレーにはすべての条件を満たすお店がたくさんあって、とても助かります。特にありがたいのは「3.」ですね。日本のカフェもレベルは高いと思うけど、無料WiFiの環境が整っている店ってほとんどなかった気がする(少なくとも2年前の実感として)。東京オリンピックの開催を契機に、状況が改善されることを期待します。
【Mさん】
Monterey Market、Target、Trader Joe's
【Fさん】
Berkeley Bowl West、Tokyo Fish Market、Acme Bread、Walgreens、Dollar Tree
【Aさん】
お肉はコストコ、野菜はモントレーマーケット、お菓子等はトレーダージョーズ、調味料はランチ99といったところでしょうか。
【Sさん】
Amazon(何でもかんでも)、Target(日用品と食品)、Trader Joe's(生鮮食品と酒)、Monterey Market(野菜・果物)、Bevmo(酒)、Lucky(アメリカのドメスティックブランドな食品一般)、Costco(いわゆるコストコ)、Ranch 99(台湾系スーパー。日本食も沢山売っており、オンシーズンなら蟹が安い)、Tokyo Fish Market(日本食)あたりが行動範囲です。
【Iさん】
野菜はモントレーマーケット。その他はバークレーボウルとトレジョーが多かったと思います。モントレーマーケットでは、松茸が安かったので、良く食べました。中国産や韓国産に比べて香りも良く美味しかったです。日用品はコストコかターゲットでした。どちらもアメリカのスーパーマーケットって感じですよね?
【Nさん】
食品は、週1でMoterey MarketとTokyo Fish Marketに買いに行っています。その他日用品はTargetに行くことが多いです。
【Satoru】
一番多いのは、近所の「Tokyo Fish Market」。あんまり行きすぎて、すっかり顔なじみになってしまいました。「これと同じもの、奥さんが今朝買ってましたよ」なんてね。
「Natural Grocery Company」と「Andronico's」にもよく行きます。そうですね、わりにオーガニック志向かもしれません。
【Mさん】
ビレッジ内公園、Habitot Museum
【Fさん】
ビレッジ内のプレイグラウンド、YWCAのThe Centre、ビレッジのSing Along
【Aさん】
ビレッジ内のプレイグラウンドです。他にも近くの公園にはよく行きます。お勧めは、コドーニシズパーク・その隣のバラ園、ティルデンパーク、アクアティックパークです。
【Sさん】
UC Village内のPlay Ground、UC Villageに隣接するOcean View Park、大学裏山のLaurence Hall of Science(大学が運営している科学の体験学習ができる子供向け教育施設)、Tilden Regional Park(小さな牧場やメリーゴーランド、小型の蒸気機関車があります。)
【Iさん】
喜んだのはTilden Parkでした。牛に餌をあげられたり、ピクニックできたりと良い公園でした。あとは、スティンソンビーチは近くで手頃に遊べて本当に良いところでした。ちなみに水がつめたすぎて2年間海には一回も入りませんでした。
【Nさん】
まだ特にないのですが、Q5で挙げた中のレストランは子どもを連れて行っても大丈夫なので子連れで食べに行ったりしています。
【Satoru】
「Berkeley Aquatic Park」。
水鳥がいて、遊具もあって、あまり混雑していません。いいところです。
【Mさん】
ナパ、バークレーマリーナ。
【Fさん】
Berkeleyはあまり観光地ではないため、サンフランシスコへ行くのがお勧めです。
【Aさん】
ナパ・ソノマと、モントレー・カーメルです。前者は言わずと知れたワインカントリー、後者は小さいが小奇麗な観光地です。
【Sさん】
日帰りなら車で1時間程度のところにあるPoint Ray's National Seashore。季節によってはホエールウオッチングもできる雄大な海岸線、海岸に寝ころぶゾウアザラシ、近隣のオイスターファームで楽しめる牡蠣と、目もお腹も大満足です。宿泊有りならSanfranciscoから風光明媚なMonterey、Carmelを経由して、温泉宿のあるSycamoreまで海岸沿い(通称Big Surと呼ばれる地域)の1号線を南下すると絶景が楽しめます。
【Iさん】
あまり行けませんでしたが、ナパの方面にレイクベリエッサがあって、BBQも出来て水遊びも出来るのでおすすめです。友人と一緒に行くのが良いかもしれません。あとは、レイクタホも車で3時間くらいなので、そこまで足をのばすことができればもっと奇麗な湖が見れますね。
【Nさん】
車があるならNapaがおすすめです。
【Satoru】
東はアンザ湖、北はソノマ郡、西はサンフランシスコ、南はモントレー。
どちらを向いてもたのしいです。
【Mさん】
アラスカ。
【Fさん】
まだ、夏休みは経験していません。。。
【Aさん】
メキシコのカンクンです。オールインクルーシブホテルは最高でした。どこでもなにも気にせず食べたいもの・飲みたいものをオーダーできるシステム、中毒性が高いです。大富豪になった気分を味わえます。
【Sさん】
Canyonlands National ParkのIsland in the Skyです。本当に空の上の島にいる感覚を味わえます。
【Iさん】
私見ですが、グランドキャニオンは本当に良かった!あとはクレーターレイクは7時間くらいかかりますけどラッセン火山国立公園と併せて行くと良いです。水が奇麗でアメリカの広さと自然の美しさが同時に味わえます。
【Nさん】
Crater Lake国立公園。車で7時間と遠く、ほぼ湖を眺めるだけの国立公園ですが、その水の色はインパクト大でした。
【Satoru】
アムトラック鉄道で51時間かけて行ったシカゴ旅行。
目的地より、そこに至る過程の方がたのしかったです。
【Mさん】
アメリカではほんと最高の生活場所です。
これからいらっしゃる方がうらやましいです。
【Fさん】
バークレーは、日差しが強く、乾燥していますが、一年中気候が安定しており、かなり過ごしやすいです。スギ花粉も飛んでいません。
世界で1番過ごしやすい場所かもしれません。
最初の3か月はかなりストレスフルな毎日になると思いますが、慣れてくると意外と快適です(2013年にこちらに来た私はようやく慣れつつあります。)
2015年まで居る予定なので、お会いできるのを楽しみにしております。
【Aさん】
アメリカ大学院に家族連れで留学するなら、住環境で言えば、ここよりよいところはほとんどないと思います。比肩するのはLAくらいでしょうか。ですので、安心してバークレーにお越しください。来年ビレッジのBBQでお会いするのを楽しみにしています。
【Sさん】
めいいっぱい時間を有効活用してください!
【Iさん】
留学の方は勉強、ヴィジティングスカラーの方は仕事と忙しいと思いますが、週末は思いっきり遊んだ方が良いです。帰国して感じるのは、もっと遊んでおけば良かったなと。。。また、バークレーで築ける人間関係は日本ではなかなか作れないので、是非いろいろな人と時間を共有してすばらしい人間関係を構築してください。僕はバークレーで1番良かったのはいろいろな人間関係が築けたことです。本当にこれは一生の宝だと思ってます。
最後に、酒が安いので飲み過ぎないようにしてください。私は飲み過ぎて一時体調を崩しました。。。
【Nさん】
美味しい物、行きたい場所が数多くある場所なので、序盤からハイペースで是非楽しんで下さい!
【Satoru】
バークレーでいちばん好きなのは、多様性がいい感じに保たれているところです。
人種はもとより、障害者も(東京より)ずいぶんよく見かけます。戦争などの外部要因がない限り、障害者の比率について都市間で統計的な有意差は生じないはずなので、これはやはりバークレーの先進的な福祉政策が結果を出しているということだと思います。
カリフォルニア州バークレー。訪れる価値のある街です。
2014/03/30
バークレーでタップダンス教室に通っていること
今年の1月から、タップダンスを習っている。
初期投資は、通販で買ったタップシューズに30ドル、近所の公民館の生涯学習講座「タップダンス入門」に144ドル。新たな趣味に投じる額としては、わりに安い方だろう。
タップダンスをはじめた理由は、主に2つある。
1つ目は、「可処分時間」に恵まれたこの時期に、新しい芸事を何かひとつ身につけておきたかったからだ。およそ10年前、私はアマチュアの落語家だったことがあり、仕事でも留学でも、この経験がしばしば役立った。
とはいえ、もはや追憶の領域に入りつつある落語のネタを今後も使い回していくのは、なんだか過去の遺産で食いつないでいる没落貴族のようで、あまり気持ちのいいものではない。そう思っていた矢先に、このタップダンス教室を見つけたのだった。
2つ目は、これはシンプルに、タップダンスが好きだったからだ。私はミュージカル映画を愛する者で、そうなるとフレッド・アステアやジーン・ケリーに憧れないわけにはいかない。
MGM黄金時代の傑作群は別格として、個人的にいちばん好きな作品はジャック・ドゥミ監督の「ロシュフォールの恋人たち」だ。単純に見えてよく練られた脚本(ドゥミ監督の処女作「ローラ」の後日譚が織り込まれている)、キャッチーで品のあるミシェル・ルグランの音楽、パステルカラーが青空に映えるベルナール・エヴァンの美術、そして何より、カトリーヌ・ドヌーヴ&フランソワーズ・ドルレアックの実姉妹コンビを筆頭に、ダニエル・ダリュー、ジーン・ケリー、ジョージ・チャキリス、ジャック・ペランという、米仏を代表するスターたちの奇跡のような輝き・・・!
いや、話が脱線した。ともあれ、私にとってタップダンスは、「いつかやってみたいこと」リストの上位にランクしていたのである。
当初は、学部生向けの授業を履修するつもりだった。そう、UCバークレーには、タップダンスの授業だってあるのだ(※)。週2時間、0.5単位。ところが調べてみると、春学期のクラスはAPA(修士論文)のゼミの時間と重なっている。さすがに私も、修士論文を捨てて踊るわけにはいかない。うーん、残念。もう少し早く知っていれば・・・と嘆いたところで仕方がない。
(※ タップダンスのほか、ジャズダンス、モダンダンス、バレエ、柔道、合気道、テコンドー、ヨガ、エアロビクス、サーキット・トレーニング、水泳、スキューバ・ダイビングなんてのもある)
そういうわけで、いわば次善の策として選んだ生涯学習講座だったが、初回のクラスで私はひっくり返りそうになった。講師を含め、私を除く全員が40~70代の白人女性だったのだ。これまで数々のアウェイ戦を経験してきたつもりであったが、人種/性別/世代のすべての面でマイノリティというのは初めてのことである。
先生の英語が全然聞き取れなかったり、生徒たちの雑談についていけなかったり(更年期障害とか)、はじめのうちは挫けそうになったが(何しろSatoruという名前すらなかなか覚えてくれないのだ)、しかし私は休まずがんばった。そうすると、「休まずがんばるアジア人」として徐々にインプットされ、みんなとも打ち解けるようになった。更年期障害のことはよくわからないけど、天気がいい日には気分がいいとか、おいしいご飯を食べると幸せになるという点では、何も変わるところはないのである。
習いはじめて3カ月。
最近気がついたのは、いつの間にか私がクラスでいちばん上手くなっていたことだ。家族寮のランドリールームで、待ち時間に一人でステップを踏んでいたのが功を奏したようである。
まだ人前で見せられるレベルには達していないが、帰国後もどこかのスクールに通って、細々と鍛錬を続けていきたい。
初期投資は、通販で買ったタップシューズに30ドル、近所の公民館の生涯学習講座「タップダンス入門」に144ドル。新たな趣味に投じる額としては、わりに安い方だろう。
タップダンスをはじめた理由は、主に2つある。
1つ目は、「可処分時間」に恵まれたこの時期に、新しい芸事を何かひとつ身につけておきたかったからだ。およそ10年前、私はアマチュアの落語家だったことがあり、仕事でも留学でも、この経験がしばしば役立った。
とはいえ、もはや追憶の領域に入りつつある落語のネタを今後も使い回していくのは、なんだか過去の遺産で食いつないでいる没落貴族のようで、あまり気持ちのいいものではない。そう思っていた矢先に、このタップダンス教室を見つけたのだった。
2つ目は、これはシンプルに、タップダンスが好きだったからだ。私はミュージカル映画を愛する者で、そうなるとフレッド・アステアやジーン・ケリーに憧れないわけにはいかない。
MGM黄金時代の傑作群は別格として、個人的にいちばん好きな作品はジャック・ドゥミ監督の「ロシュフォールの恋人たち」だ。単純に見えてよく練られた脚本(ドゥミ監督の処女作「ローラ」の後日譚が織り込まれている)、キャッチーで品のあるミシェル・ルグランの音楽、パステルカラーが青空に映えるベルナール・エヴァンの美術、そして何より、カトリーヌ・ドヌーヴ&フランソワーズ・ドルレアックの実姉妹コンビを筆頭に、ダニエル・ダリュー、ジーン・ケリー、ジョージ・チャキリス、ジャック・ペランという、米仏を代表するスターたちの奇跡のような輝き・・・!
いや、話が脱線した。ともあれ、私にとってタップダンスは、「いつかやってみたいこと」リストの上位にランクしていたのである。
当初は、学部生向けの授業を履修するつもりだった。そう、UCバークレーには、タップダンスの授業だってあるのだ(※)。週2時間、0.5単位。ところが調べてみると、春学期のクラスはAPA(修士論文)のゼミの時間と重なっている。さすがに私も、修士論文を捨てて踊るわけにはいかない。うーん、残念。もう少し早く知っていれば・・・と嘆いたところで仕方がない。
(※ タップダンスのほか、ジャズダンス、モダンダンス、バレエ、柔道、合気道、テコンドー、ヨガ、エアロビクス、サーキット・トレーニング、水泳、スキューバ・ダイビングなんてのもある)
そういうわけで、いわば次善の策として選んだ生涯学習講座だったが、初回のクラスで私はひっくり返りそうになった。講師を含め、私を除く全員が40~70代の白人女性だったのだ。これまで数々のアウェイ戦を経験してきたつもりであったが、人種/性別/世代のすべての面でマイノリティというのは初めてのことである。
先生の英語が全然聞き取れなかったり、生徒たちの雑談についていけなかったり(更年期障害とか)、はじめのうちは挫けそうになったが(何しろSatoruという名前すらなかなか覚えてくれないのだ)、しかし私は休まずがんばった。そうすると、「休まずがんばるアジア人」として徐々にインプットされ、みんなとも打ち解けるようになった。更年期障害のことはよくわからないけど、天気がいい日には気分がいいとか、おいしいご飯を食べると幸せになるという点では、何も変わるところはないのである。
習いはじめて3カ月。
最近気がついたのは、いつの間にか私がクラスでいちばん上手くなっていたことだ。家族寮のランドリールームで、待ち時間に一人でステップを踏んでいたのが功を奏したようである。
まだ人前で見せられるレベルには達していないが、帰国後もどこかのスクールに通って、細々と鍛錬を続けていきたい。
2014/03/21
バークレーで音楽をたくさん聴いたこと
バークレーに来てから、音楽に親しむ時間が長くなった。ジョギングしながら、ジムで運動しながら、自転車を漕ぎながら(ホントはいけないんだけど)、本を読みながら、政策分析のメモを書きながら。もちろん、虚心坦懐に音楽と向き合うこともある。
平均すると、たぶん1日5時間くらいは聴いている。西海岸の気持ちのいい天気は、音楽との相性も良好みたいだ。
赤ン坊の生まれる前は、コンサートに足繁く通った。トータルで30回以上は行っただろうか。何しろ安いのだ。大向こうの席なら15ドルくらいで買えてしまう。まさしく学生の特権である。
これだけ安いと、チケットを購入するのも抵抗がない。演目すら確認せずに入場し、「へえ、今日はテノールのソロなんだ」などと気がつくこともしばしばだ。まあいい加減なものだが、こういうのは前知識ゼロの方がかえってたのしかったりもする。
たとえば、ハイドンの「冗談」(弦楽四重奏曲第38番)は、タイトルのとおり冗談のようなメロディの曲で、場内爆笑となっていたのが新鮮だったし、ヨルグ・ヴィトマンの「狩」(弦楽四重奏曲第3番)は、奏者たちが弓を空中でぶんぶん振ったり、「アーイッッ!」とか「ホイッッッ!!」とか絶叫する狂気じみた曲で、がんがん攻めている感じがすごくよかった。クラシックと一口に言っても、実にいろいろな曲があるんですね。
バークレーで聴いた中で最も印象に残っているのは、エサ=ペッカ・サロネン指揮のフィルハーモニア管弦楽団による演奏だ。サロネン自身が作曲した「ヘリックス」、ベートーヴェン「交響曲第7番」、休憩を挟んでベルリオーズ「幻想交響曲」、アンコールにワーグナー「ローエングリン 第3幕への前奏曲」という、ステーキ・とんかつ・牛カルビ特盛定食みたいな演目だったが(デザートはさしずめ天ぷらアイス)、これがひっくり返るほど素晴らしかった。
打ちのめされたのは、ベートーヴェン交響曲第7番。この曲について、私はカルロス・クライバー指揮(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)の鍛え抜かれた日本刀のような演奏をこよなく愛する者であるが、この日のサロネンは、それに勝るとも劣らない凄みを有していた。
この運命的なコンサートに私が足を運んだのは、2012年11月9日のこと。当時は苛烈な宿題に追われ、鬱々とした日々を過ごしていたが、「なあに、この演奏に出会えただけでバークレーに来た価値があったじゃないか」と、一転してポジティブな気持ちになった。
「倒れてもいい。せめて前向きに倒れよう」
事実、この日を境に生活は上り調子になっていったし、そのときの興奮の「残り熱」は、いまでも私の身体の芯を温めてくれている。
アンドリス・ネルソンス指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団も絶品だった。こちらは2014年3月8日、最近の公演だ。
別の指揮者による前日の演奏が(大きな声では言えないけど)正直ちょっと残念な出来だったので、あまり期待せずに行ったのだが、最初の一振りで電撃に打たれた。特にブラームス「ハイドンの主題による変奏曲」では、危うく魂を持っていかれそうになったほどだ。
一体に私は、偉大な映画や音楽に接したとき、病膏肓に入って注意力が著しく低下する傾向にある。そういうときの私は、奥さんの話を聞いていなかったり、鞄を置き忘れたり、財布を置き忘れたり、階段を踏み外したり、壁に激突したり、赤信号に気づかず車道に入ったり、エレベーターの「閉」ボタンと間違えて「非常」ボタンを押したり、ズボンのチャックを上げ忘れたり、大小便を漏らしたりと、ほとんど生活無能力者になるのだが、この演奏は、私をそうさせるレベルの演奏であった。
アンドリス・ネルソンス。ラトビア出身。1978年生まれ、35歳。
不勉強にして名前を知らなかったが、この人をちょっと追いかけてみようと思う。
音楽がなくても、人は死なない。
しかしときに、音楽があるから人は生きていけるのだ。
平均すると、たぶん1日5時間くらいは聴いている。西海岸の気持ちのいい天気は、音楽との相性も良好みたいだ。
情操教育というわけではないが、0歳の赤ン坊と一緒に聴くことも多い。ところが彼は、モーツァルト、シューベルト、マイルス・デイヴィス、スタン・ゲッツ、ビートルズ、エリック・クラプトン、シガー・ロス、DJ OKAWARI、ポート・オブ・ノーツなどにはあまり関心を示さない代わりに、ZAZEN BOYS、group_inou、ゆらゆら帝国、在日ファンク、ザ・タイマーズ、エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ、ハナ肇とクレージーキャッツ、岡晴夫といったあたりには、目に見えて喜色を浮かべるのであった。
我が子ながら、いささか将来が心配である。
| バークレーには、ジャズの聴けるカフェがたくさんある。ほとんどの店では予約は要らないし、テーブルチャージも取られない。子連れの家族や、独り身の婆チャンなど、客層もいろいろだ。すごく気楽で、すごくいい。 |
| 路上のアーティストも多い。ギター、ヴァイオリン、フルートから、ジャンベ、ディジリドゥ、テルミンまで、楽器もまた多様性に富んでいる。 |
これだけ安いと、チケットを購入するのも抵抗がない。演目すら確認せずに入場し、「へえ、今日はテノールのソロなんだ」などと気がつくこともしばしばだ。まあいい加減なものだが、こういうのは前知識ゼロの方がかえってたのしかったりもする。
たとえば、ハイドンの「冗談」(弦楽四重奏曲第38番)は、タイトルのとおり冗談のようなメロディの曲で、場内爆笑となっていたのが新鮮だったし、ヨルグ・ヴィトマンの「狩」(弦楽四重奏曲第3番)は、奏者たちが弓を空中でぶんぶん振ったり、「アーイッッ!」とか「ホイッッッ!!」とか絶叫する狂気じみた曲で、がんがん攻めている感じがすごくよかった。クラシックと一口に言っても、実にいろいろな曲があるんですね。
| UCバークレーにあるHertz Hall(写真右の建物)。カルテットやソロのコンサートは大体ここで開かれる。小ぶりでインティメートな建物で、後述するZellerbach Hallよりも私はこちらの方が好きである。 |
バークレーで聴いた中で最も印象に残っているのは、エサ=ペッカ・サロネン指揮のフィルハーモニア管弦楽団による演奏だ。サロネン自身が作曲した「ヘリックス」、ベートーヴェン「交響曲第7番」、休憩を挟んでベルリオーズ「幻想交響曲」、アンコールにワーグナー「ローエングリン 第3幕への前奏曲」という、ステーキ・とんかつ・牛カルビ特盛定食みたいな演目だったが(デザートはさしずめ天ぷらアイス)、これがひっくり返るほど素晴らしかった。
打ちのめされたのは、ベートーヴェン交響曲第7番。この曲について、私はカルロス・クライバー指揮(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)の鍛え抜かれた日本刀のような演奏をこよなく愛する者であるが、この日のサロネンは、それに勝るとも劣らない凄みを有していた。
この運命的なコンサートに私が足を運んだのは、2012年11月9日のこと。当時は苛烈な宿題に追われ、鬱々とした日々を過ごしていたが、「なあに、この演奏に出会えただけでバークレーに来た価値があったじゃないか」と、一転してポジティブな気持ちになった。
「倒れてもいい。せめて前向きに倒れよう」
事実、この日を境に生活は上り調子になっていったし、そのときの興奮の「残り熱」は、いまでも私の身体の芯を温めてくれている。
| UCバークレーにあるZellerbach Hall。写真のとおり大きな建物で、交響曲やオペラなどはここで上演される。ちなみに、最上階Balconyのせり出した部分にある席(AA列)は、最安値でありながら半個室みたいになっていておすすめです。 |
アンドリス・ネルソンス指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団も絶品だった。こちらは2014年3月8日、最近の公演だ。
別の指揮者による前日の演奏が(大きな声では言えないけど)正直ちょっと残念な出来だったので、あまり期待せずに行ったのだが、最初の一振りで電撃に打たれた。特にブラームス「ハイドンの主題による変奏曲」では、危うく魂を持っていかれそうになったほどだ。
一体に私は、偉大な映画や音楽に接したとき、病膏肓に入って注意力が著しく低下する傾向にある。そういうときの私は、奥さんの話を聞いていなかったり、鞄を置き忘れたり、財布を置き忘れたり、階段を踏み外したり、壁に激突したり、赤信号に気づかず車道に入ったり、エレベーターの「閉」ボタンと間違えて「非常」ボタンを押したり、ズボンのチャックを上げ忘れたり、大小便を漏らしたりと、ほとんど生活無能力者になるのだが、この演奏は、私をそうさせるレベルの演奏であった。
アンドリス・ネルソンス。ラトビア出身。1978年生まれ、35歳。
不勉強にして名前を知らなかったが、この人をちょっと追いかけてみようと思う。
| 出所: Andris Nelsons 公式ウェブサイト |
音楽がなくても、人は死なない。
しかしときに、音楽があるから人は生きていけるのだ。
2014/03/10
UCバークレーで引き続き中国語を勉強していること
If you talk to a man in a language he understands, that goes to his head.
If you talk to him in his own language, that goes to his heart.
(ネルソン・マンデラ)
前学期に続いて、中国語の授業を履修している。週5.5時間。相変わらずの千本ノックだが、たのしい毎日だ。特に修士論文で根を詰めることの多い今学期では、この授業がうまい具合に脳の筋肉をほぐす役割を担っている。
水風呂と熱湯風呂というか、柿の種とピーナッツというか、サイモンとガーファンクルというか、まあ何にせよバランスというのは大事である。
前回の記事から5ヶ月が経ち、ネタもいろいろとたまってきた。
ブログが終わる前に、ここでひとつ放出することにしたい。
<簡体字と繁体字>
ご存知の方も多いだろうが、中国語には、簡体字(Simplified Chinese)と繁体字(Traditional Chinese)の2種類の表記がある。私の授業ではSimplifiedの文字を使うので、さぞ覚えやすいだろうと思っていたら、これが意外にも逆だった。日本語に近いのは、Traditionalの方なのだ。
とはいえ、街中でTraditionalを見かけないわけではない。香港系や台湾系の店では、むしろTraditionalしか使われていないことが多い。結局は、両方覚えないといけないのだ。
これは何とも非合理な話で、あるとき私は中国人の友達に「SimplifiedとTraditionalの2種類があるなんておかしい。中国共産党はいまからでもひとつに統一すべきだ」と文句を言った。すると彼曰く、「何を言ってるんだ。日本語なんか漢字とひらがなとカタカナの3種類もあるじゃないか。そっちの方がよっぽどおかしい。自民党はいまからでもひとつに統一すべきだ」。
この論争、どうやら中国側に分がありそうだ。
ではSimplifiedの全部がとっつきにくいかというと、またそうとも限らない。「ごんべん」や「もんがまえ」などは、Simplifiedの方が画数も少なく、視覚的にも馴染みやすい。
そんなわけで私は最近、手書きで日本語の文章を書くとき(たとえばこのブログの原稿がそうだ)、Simplifiedを使うようになってきた。そっちの方が格段に早いのだ。
うーん、だんだん中国人化してきたみたいだ。
<若いと書いてアホと読む>
前回の記事でも触れたことだが、クラスメートが、とても若い。干支の文化について学んだ先週の授業では、先生が「皆さんほとんど狗年(戌年)ですね!」とコメントされた。しかし考えてみれば、みんなは1994年生まれの戌年で、1982年生まれの私とはひとまわり違うのだ。
といっても、級友たちは年長者の私を特に敬うでもなく、距離を置くでもなく、あくまでフラットに肩を叩いて接してくる。そこがアメリカの(バークレーの)いいところだ。
年齢を別にしても、彼らは日本の大学生よりもずっと幼い。たとえば、先生がAさんに質問しているのに、その答えをBさんもCさんもDさんもEさんも次々に重ねて発言し、ついには誰が何を言っているのかすらわからなくなる、なんてことはしばしばだ。あるいは、生徒の質疑応答の直後に、別の生徒がまったく同じ質問をすることもある(人の話を聞いてないのだ)。
これにはさすがに温厚なTsai先生(蔡老師)も怒気を発し、「同じ質問されたら、また同じ説明しなくちゃいけないでショ!時間もったいない!先生が話しているときは、みんな静かにしてね!」とのお叱りを受けることになった。でもこれって高校生レベル、いや中学生レベルのお説教だよな。
UCバークレーというのは世間的には一応トップ校ということになっているのだが(先日発表されたAcademic Ranking of World Universities 2013では第3位にランクされていた)、彼らを見ていても全然そうは思えない。まあ、そういう「エリートくさくないところ」こそがUCバークレーの美点である、と個人的には言いたいのだけれど。
ともあれ、こういうにぎやかな環境で席を並べて勉強するという体験は、あるいはこれで人生最後かもしれない。そう思うと、急にみんなが愛おしくなってくるから不思議なものだ。
<むずかしい「了」、おもしろい「的」>
外国語を学ぶ上での大きな壁のひとつが、ある種の文法的ニュアンスだ。英語でいえば、「a」と「the」の使い分け。文脈に応じてどちらを使うべきか、ネイティブスピーカーには直感的にわかるのだが、学習者がその感覚を掴むのは難しい。
私にとって、中国語のそれは「了」である。詳しい説明は省くが、作文の宿題でも、この「了」の有無でよく間違える。もっと勉強すれば理解が進むのかもしれないけれど、太难了(難しいなあ)!
(追記: ネットで調べると、「了」に苦しんでいるのは私だけではないみたいで、少し安心した。なかでも興味深かったのは、鴻富榮『中国語の"了"の用法探求』。題名のとおり、「了」の用法だけをひたすら追求した16ページの論文だ)
「了」のほかに印象深いのは、「的」である。「○○的××」で、「○○の××」という意味になる。「了」よりはずっとわかりやすい。
「的」のおもしろいところは、「○○的」の「○○」が名詞でも動詞でも形容詞でもオッケーであることだ。たとえば、「我妈妈做的豆腐」は、「私のお母さんがつくった豆腐」という意味だし、「我妹妹爱的那个很帅的男人」は、「私の妹が想いを寄せるあのイケメン男性」だ。いわば関係代名詞と助詞が一緒くたになったようなもので、これはなかなか便利である。
この「的」を学んだときに私が気づいたのは、「中国人によって書かれた日本語の商品や看板には、なぜ「の」がやたら多いのか?」という疑問に対する答えだ。あれはつまり、「的=の」というシンプルな置き換えをやっているためではないか。
カリフォルニア州の運転免許センター(DMV)の筆記試験に「防御的運転」という珍妙な日本語訳が出てくる、というのは一部では有名な話だけど、あれは中国語のセンスでいけば、全然おかしくない話だったのだ。
<移民と外国語>
UCバークレーの外国語教育は、大変に充実している。学部生向けに開設された授業を挙げるだけでも、フランス語、アカディア語、ドイツ語、イディッシュ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、アイルランド語、オランダ語、ギリシャ語、ラテン語、ロシア語、ポーランド語、チェコ語、ボスニア・セルビア・クロアチア語、ハンガリー語、ルーマニア語、アラビア語、ペルシャ語、ヘブライ語、トルコ語、タガログ語、ベンガル語、パンジャブ語、タミル語、ヒンディー語、ウルドゥー語、テルグ語、サンスクリット語、中国語、韓国語、タイ語、ベトナム語、インドネシア語、クメール語、エジプト語、ヒッタイト語、スワヒリ語、ウォロフ語、チェワ語、といった按配だ。
もちろん日本語の授業もある。語学棟の廊下を歩いていると、ペアになった白人と黒人が「ありがトございました」「どういたシまして」などとやり取りしている姿をたまに見かける。たぶんダイアローグ暗唱の特訓をしているのだろう。心温まる風景だ。
しかし正味な話、バークレーの語学教育の質はかなり高い。先日出会った日本語学習2年目の学生(たぶん中国人)は、驚くほど流暢に日本語を操っていた。下手すると私の英語よりうまいんじゃないか。
彼に授業のプリントを見せてもらったところ、次のテストの範囲は、星新一の名作『おーい、でてこーい』。暗記を要する単語は、「原子力発電」「あとしまつ」「村はずれ」「利権屋」「つきっきり」などであった。なかなかハイレベルな語彙である。
(2014年3月18日追記: 先週知り合った中国人のゼンさんは、「日本のアニメがロボット産業に与えた影響について」という作文の宿題をやっていた。すごい。ゼンさんは「ジョジョの奇妙な冒険」の熱心なファンで、しばしジョジョネタで盛り上がった。彼の好きなキャラは承太郎。ちなみに私はプッチ神父だ)
英語を何年も勉強してきた日本人が一向に話せるようにならないのに、この違いは一体何なのか。UCバークレーでの教え方が優れている、というのはなるほどひとつの要素だが、天と地ほどの差があるわけでもないだろう。日本の英語教育だって捨てたものではない。
それでは、なぜか。
私の意見は、「人種の多様性の違い」だ。すなわち、ある言語を学んでいるとき、それを母言語とする兄チャンや姉チャンが(爺チャンでも婆チャンでもいいけど)身近にいるか否か、という違いである。
言語というのはコミュニケーションをするためのツールなので、その相手が近くにいなければ必要には迫られないし、必要に迫られない物事についてモチベーションを維持するのは一般に難しい。言ってみれば、海も川もプールも見たことのない人に泳ぎの練習をさせるようなものである。
であれば、我が国はこれからどうするべきか。この議論を突き詰めていったときに、おそらく行き当たるのが、「日本はもっと移民を受け入れるべきか」という大きな政策イシューだ。
そしてそれは、私がこの2年間、折に触れて考えてきたことでもある。
日本はもっと移民を受け入れるべきだろうか?
・ 民族的同質性の高い日本では、異なる人種を受け入れるのは心理的抵抗が強すぎるのではないか?
・ でも、「幕末 ⇒ 明治」や「敗戦 ⇒ 復興」に見られるように、日本人は良くも悪くも環境変化への順応性がきわめて高い民族だから、移民についても(はじめは抵抗あれど)意外にするっと受け入れられるのではないか?
・ 日本文化のオリジナリティは、(英語の不得意さが幸いして)日本語という名の防波堤によって守られているという説もあるが、そうした価値が移民の増加によって失われてしまうのではないか?
・ いや、日本文化は歴史的に異文化を取り入れながら独自な進化を遂げてきたのだから、外国人比率が高まったくらいで壊れるほどやわなものではない、という考え方もあるのではないか?
・ 英語話者のベビーシッターや家政婦が増えれば、子どもの英語教育の選択肢が広がるし、女性の社会進出度も向上するし、一石二鳥ではないか?
・ しかしそれは、ベビーシッターや家政婦を雇える財政的余裕のある家庭に限られた話であって、さらにこれまで(ベビーシッターや家政婦として)働いていた日本人労働者の雇用を奪う結果にもなるから、富裕層と貧困層の格差が拡大してしまうのではないか?
答えは未だ出ない。
出ないからこそ、考え続けているのだけれど。
If you talk to him in his own language, that goes to his heart.
(ネルソン・マンデラ)
前学期に続いて、中国語の授業を履修している。週5.5時間。相変わらずの千本ノックだが、たのしい毎日だ。特に修士論文で根を詰めることの多い今学期では、この授業がうまい具合に脳の筋肉をほぐす役割を担っている。
水風呂と熱湯風呂というか、柿の種とピーナッツというか、サイモンとガーファンクルというか、まあ何にせよバランスというのは大事である。
前回の記事から5ヶ月が経ち、ネタもいろいろとたまってきた。
ブログが終わる前に、ここでひとつ放出することにしたい。
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| 伯克利:Berkeley / 和:and / 我:me |
<簡体字と繁体字>
ご存知の方も多いだろうが、中国語には、簡体字(Simplified Chinese)と繁体字(Traditional Chinese)の2種類の表記がある。私の授業ではSimplifiedの文字を使うので、さぞ覚えやすいだろうと思っていたら、これが意外にも逆だった。日本語に近いのは、Traditionalの方なのだ。
とはいえ、街中でTraditionalを見かけないわけではない。香港系や台湾系の店では、むしろTraditionalしか使われていないことが多い。結局は、両方覚えないといけないのだ。
これは何とも非合理な話で、あるとき私は中国人の友達に「SimplifiedとTraditionalの2種類があるなんておかしい。中国共産党はいまからでもひとつに統一すべきだ」と文句を言った。すると彼曰く、「何を言ってるんだ。日本語なんか漢字とひらがなとカタカナの3種類もあるじゃないか。そっちの方がよっぽどおかしい。自民党はいまからでもひとつに統一すべきだ」。
この論争、どうやら中国側に分がありそうだ。
ではSimplifiedの全部がとっつきにくいかというと、またそうとも限らない。「ごんべん」や「もんがまえ」などは、Simplifiedの方が画数も少なく、視覚的にも馴染みやすい。
そんなわけで私は最近、手書きで日本語の文章を書くとき(たとえばこのブログの原稿がそうだ)、Simplifiedを使うようになってきた。そっちの方が格段に早いのだ。
うーん、だんだん中国人化してきたみたいだ。
| 私は「てん」を「右上 → 左下」の向きに書く癖があり、書き取りの宿題でしばしば減点される。私の名字には「てん」が2つあるのだが、先日のテストでこれを赤ペンで直された。名前欄でバツを食らったのは、小学生ぶりだ。 |
| 真夜中に台所でひとり書き綴る、死、死、死、死、死、死、死、死・・・。言霊的には、たぶんかなりよくない。 |
<若いと書いてアホと読む>
前回の記事でも触れたことだが、クラスメートが、とても若い。干支の文化について学んだ先週の授業では、先生が「皆さんほとんど狗年(戌年)ですね!」とコメントされた。しかし考えてみれば、みんなは1994年生まれの戌年で、1982年生まれの私とはひとまわり違うのだ。
といっても、級友たちは年長者の私を特に敬うでもなく、距離を置くでもなく、あくまでフラットに肩を叩いて接してくる。そこがアメリカの(バークレーの)いいところだ。
年齢を別にしても、彼らは日本の大学生よりもずっと幼い。たとえば、先生がAさんに質問しているのに、その答えをBさんもCさんもDさんもEさんも次々に重ねて発言し、ついには誰が何を言っているのかすらわからなくなる、なんてことはしばしばだ。あるいは、生徒の質疑応答の直後に、別の生徒がまったく同じ質問をすることもある(人の話を聞いてないのだ)。
これにはさすがに温厚なTsai先生(蔡老師)も怒気を発し、「同じ質問されたら、また同じ説明しなくちゃいけないでショ!時間もったいない!先生が話しているときは、みんな静かにしてね!」とのお叱りを受けることになった。でもこれって高校生レベル、いや中学生レベルのお説教だよな。
UCバークレーというのは世間的には一応トップ校ということになっているのだが(先日発表されたAcademic Ranking of World Universities 2013では第3位にランクされていた)、彼らを見ていても全然そうは思えない。まあ、そういう「エリートくさくないところ」こそがUCバークレーの美点である、と個人的には言いたいのだけれど。
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| 出所: ARWU 2013, THE World University Rankings 2013-2014 |
ともあれ、こういうにぎやかな環境で席を並べて勉強するという体験は、あるいはこれで人生最後かもしれない。そう思うと、急にみんなが愛おしくなってくるから不思議なものだ。
<むずかしい「了」、おもしろい「的」>
外国語を学ぶ上での大きな壁のひとつが、ある種の文法的ニュアンスだ。英語でいえば、「a」と「the」の使い分け。文脈に応じてどちらを使うべきか、ネイティブスピーカーには直感的にわかるのだが、学習者がその感覚を掴むのは難しい。
私にとって、中国語のそれは「了」である。詳しい説明は省くが、作文の宿題でも、この「了」の有無でよく間違える。もっと勉強すれば理解が進むのかもしれないけれど、太难了(難しいなあ)!
(追記: ネットで調べると、「了」に苦しんでいるのは私だけではないみたいで、少し安心した。なかでも興味深かったのは、鴻富榮『中国語の"了"の用法探求』。題名のとおり、「了」の用法だけをひたすら追求した16ページの論文だ)
「了」のほかに印象深いのは、「的」である。「○○的××」で、「○○の××」という意味になる。「了」よりはずっとわかりやすい。
「的」のおもしろいところは、「○○的」の「○○」が名詞でも動詞でも形容詞でもオッケーであることだ。たとえば、「我妈妈做的豆腐」は、「私のお母さんがつくった豆腐」という意味だし、「我妹妹爱的那个很帅的男人」は、「私の妹が想いを寄せるあのイケメン男性」だ。いわば関係代名詞と助詞が一緒くたになったようなもので、これはなかなか便利である。
この「的」を学んだときに私が気づいたのは、「中国人によって書かれた日本語の商品や看板には、なぜ「の」がやたら多いのか?」という疑問に対する答えだ。あれはつまり、「的=の」というシンプルな置き換えをやっているためではないか。
カリフォルニア州の運転免許センター(DMV)の筆記試験に「防御的運転」という珍妙な日本語訳が出てくる、というのは一部では有名な話だけど、あれは中国語のセンスでいけば、全然おかしくない話だったのだ。
| 体に負担はない。 |
<移民と外国語>
UCバークレーの外国語教育は、大変に充実している。学部生向けに開設された授業を挙げるだけでも、フランス語、アカディア語、ドイツ語、イディッシュ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、アイルランド語、オランダ語、ギリシャ語、ラテン語、ロシア語、ポーランド語、チェコ語、ボスニア・セルビア・クロアチア語、ハンガリー語、ルーマニア語、アラビア語、ペルシャ語、ヘブライ語、トルコ語、タガログ語、ベンガル語、パンジャブ語、タミル語、ヒンディー語、ウルドゥー語、テルグ語、サンスクリット語、中国語、韓国語、タイ語、ベトナム語、インドネシア語、クメール語、エジプト語、ヒッタイト語、スワヒリ語、ウォロフ語、チェワ語、といった按配だ。
もちろん日本語の授業もある。語学棟の廊下を歩いていると、ペアになった白人と黒人が「ありがトございました」「どういたシまして」などとやり取りしている姿をたまに見かける。たぶんダイアローグ暗唱の特訓をしているのだろう。心温まる風景だ。
しかし正味な話、バークレーの語学教育の質はかなり高い。先日出会った日本語学習2年目の学生(たぶん中国人)は、驚くほど流暢に日本語を操っていた。下手すると私の英語よりうまいんじゃないか。
彼に授業のプリントを見せてもらったところ、次のテストの範囲は、星新一の名作『おーい、でてこーい』。暗記を要する単語は、「原子力発電」「あとしまつ」「村はずれ」「利権屋」「つきっきり」などであった。なかなかハイレベルな語彙である。
(2014年3月18日追記: 先週知り合った中国人のゼンさんは、「日本のアニメがロボット産業に与えた影響について」という作文の宿題をやっていた。すごい。ゼンさんは「ジョジョの奇妙な冒険」の熱心なファンで、しばしジョジョネタで盛り上がった。彼の好きなキャラは承太郎。ちなみに私はプッチ神父だ)
英語を何年も勉強してきた日本人が一向に話せるようにならないのに、この違いは一体何なのか。UCバークレーでの教え方が優れている、というのはなるほどひとつの要素だが、天と地ほどの差があるわけでもないだろう。日本の英語教育だって捨てたものではない。
それでは、なぜか。
私の意見は、「人種の多様性の違い」だ。すなわち、ある言語を学んでいるとき、それを母言語とする兄チャンや姉チャンが(爺チャンでも婆チャンでもいいけど)身近にいるか否か、という違いである。
言語というのはコミュニケーションをするためのツールなので、その相手が近くにいなければ必要には迫られないし、必要に迫られない物事についてモチベーションを維持するのは一般に難しい。言ってみれば、海も川もプールも見たことのない人に泳ぎの練習をさせるようなものである。
であれば、我が国はこれからどうするべきか。この議論を突き詰めていったときに、おそらく行き当たるのが、「日本はもっと移民を受け入れるべきか」という大きな政策イシューだ。
そしてそれは、私がこの2年間、折に触れて考えてきたことでもある。
日本はもっと移民を受け入れるべきだろうか?
・ 民族的同質性の高い日本では、異なる人種を受け入れるのは心理的抵抗が強すぎるのではないか?
・ でも、「幕末 ⇒ 明治」や「敗戦 ⇒ 復興」に見られるように、日本人は良くも悪くも環境変化への順応性がきわめて高い民族だから、移民についても(はじめは抵抗あれど)意外にするっと受け入れられるのではないか?
・ 日本文化のオリジナリティは、(英語の不得意さが幸いして)日本語という名の防波堤によって守られているという説もあるが、そうした価値が移民の増加によって失われてしまうのではないか?
・ いや、日本文化は歴史的に異文化を取り入れながら独自な進化を遂げてきたのだから、外国人比率が高まったくらいで壊れるほどやわなものではない、という考え方もあるのではないか?
・ 英語話者のベビーシッターや家政婦が増えれば、子どもの英語教育の選択肢が広がるし、女性の社会進出度も向上するし、一石二鳥ではないか?
・ しかしそれは、ベビーシッターや家政婦を雇える財政的余裕のある家庭に限られた話であって、さらにこれまで(ベビーシッターや家政婦として)働いていた日本人労働者の雇用を奪う結果にもなるから、富裕層と貧困層の格差が拡大してしまうのではないか?
答えは未だ出ない。
出ないからこそ、考え続けているのだけれど。
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