2012/01/21

放送大学で「現代日本の政治」の試験を受けたこと

 今日は、放送大学東京足立学習センターで「現代日本の政治」(久米 郁男、河野 勝)の単位認定試験を受けてきた。

 私がこの科目を選択した理由は2つある。
 1つ目は、大学で物理専攻だった私は政治学に類する分野の授業をこれまでほとんど受けておらず、留学する前に最低限の知識を身につける必要を感じたからだ。
 2つ目は、現代日本の馴染み深い事例を取っ掛かりとすれば、多少なりとも楽しく学べるのではないかと考えたからだ。

 結論から言うと、「現代日本の政治」は、上記2点を十分に満足するものであった。といっても私はテレビジョン受像機を所持していないため、肝心の通信授業を聴講できずに、勉強は専らテキストに頼るほかなかった。そんな境遇の人が他にもいるかどうかは分からないが(私だけかもしれない)、それはそれで腰を据えて読書に励むことができたので、悪くなかったと思う。
 テキストは簡潔かつ系統立てて整理されており(少なくとも初学者の私にはそう思えた)、全体を通して「新たな理論/概念の紹介 ⇒ 日本の戦後政治における実例」といった具合に記述が進む。これはとても分かりやすかった。

 例えば、政治学では「M+1法則」というものがあるらしい。これは要すれば「中選挙区制における選挙の当選者をM人とすると、その候補者は「M+1」人に収斂していく」という経験則なのだが(プラス1というのは次点の候補者であるが、それ以下の得票数の候補者たちは勝ち目が薄いため、選挙区から自然に淘汰されていくという理屈)、実際に中選挙区制にあった戦後日本において野党の多党化が進み、与党=自民党の派閥化が生じたのも、この法則から説明されるわけである。もちろん違った理屈もあるのかもしれないけれど、望むと望まざるにかかわらずプレーヤーの行動はルールに依るという説明が、私にはとても興味深く、また強い説得力を感じさせるものであった。

 私は戦後史の基礎教養に乏しい。歴代総理のイメージは、さいとうたかをの漫画「歴史劇画 大宰相」がせいぜいである。例えば、私が鳩山一郎と聞いて脳裏に浮かぶイメージは、本人のそれではなく、精神的に追い込まれるとすぐ泣いちゃうんだけど人の善さそうなおじさんの似顔絵(つげ義春の「無能の人」の主人公にちょっと似ている気がする)である。
 そんな体たらくであるから、私にとってこの本は、政治学というよりむしろ日本戦後史の文脈で鱗が落ちることもしばしばであった。白状すれば、私は「日本の福祉政策のレベルを先進国並みにしたのは、田中角栄内閣であった」(156ページ)という事実をまったく知らなかったし、「美濃部東京都知事が老人医療費無料化を先導したことは有名である」(114ページ)ことも知らなかった。思わず通勤電車内で、「へぇ~」と大きな声を出してしまった。その後すぐに隣の女子高生が席を立ったのは、次の大手町駅で降りるためであったと信じたい。

2012/01/14

向こう半年間の身の処し方を決めたこと

 出願を終えて、張り詰めた日々に、ようやく区切りがついた。
 それぞれの大学からも、「貴君の出願書類は電子空間を経由して受領した。まずは安心して宜しい。」といった内容のメールが届いたので、まずは安心することにした。

 さて、私は次に何をするべきだろうか。

 私の頭を占めたのは、「遊ぶ」という言葉である。
 この1年間、私はどちらかといえば禁欲的な生活を送ってきた。娯楽といえば、どじょうへの餌やり、ニンジンガジュマルへの水やり、漫画喫茶「自遊空間」の3時間パック、といったあたりが関の山であった。したいことはできなくて、とは色川武大の小説「怪しい来客簿」の章題のひとつであるが、そのように私は、したいことのできない日々を送ってきた。

 それでは、いま、私がしたいこととは何か。それはたとえば、全国の老人ホームを訪問して白装束で落語「死神」を演る、であったり、近隣の土地を五坪ほど購入して大規模なセルフ箱庭療法に興じる、であったりするのだが、残された半年間で本当にそれらを実施するべきなのか、と自問すると、率直なところ、芳しい答えは出てこない。そういうわけで私は、池袋の新文芸坐のオールナイト映画であるとか、川崎の藤子・F・不二雄ミュージアムであるとか、スケールダウンの感は否めないものの、足を運べば一定程度の楽しみを確実に得られる類の娯楽に甘んじることとしたい。

 他方、この1年間にまがりなりにも培ってきた真摯な気持ちが、このままで良いのか、と静かに問うてくるのも事実である。

 このままで良いのか。もちろん、良いわけがない。私は、私に与えられたこの半年間を、代替不能な留学準備期間として、大いに活用せねばならぬと思う。とはいえ私は勤め人であって、想いのままにスケジュールを組める身分ではない。あれもこれも、と欲張った結果、どれもどれも中途半端に終わってしまった、というのは、これまでの私の29年余の障害、もとい生涯において、幾度となく繰り返してきた蹉跌であった。新しいところでは、つい先日の大学出願プロセスにおいても・・・(と、そこで私は考えるのをやめた)

 そんな按配で、私は、これから勉強する内容に優先順位をつけるべきだと思った。私にいま不足しているものは何か。すなわち英語力と基礎学力である。
 英語力と基礎学力。しかしそれは全部が駄目というわけであって、ジャック・ウェルチが言うところの「選択と集中」の概念からは程遠い。そこで私は、英語力のうち特にリーディング(単語含む)とリスニングの能力、基礎学力のうち特に体系的な経済学の知識を、それぞれ向上させることにした。具体的に、私の半年間のTo-Doリストを、以下に記すことにする。


<リーディング>
・「1100 Words you need to know」への再挑戦。(GRE対策で購入したが途中で挫折した)
・「A practical guide for policy analysis」の通読。(定番の教科書らしい。2012年に第4版が出た)

<リスニング>
・ BBC、VOA、Scientific American等のポッドキャストの聴取。(通勤やジョギングの時間を活用したい)
・ iTunes UでのEconomics関連講義の聴取。(UCバークレーの講義が無料で手に入る)

<経済学>
・ スティグリッツの「入門経済学」「ミクロ経済学」「マクロ経済学」日本語版の精読。(できればちゃんと机に向かって、学生のようにノートを取りたい)


 これは、私のStatement(声明)だ。半年後、この記事を密かに削除することのないよう、しっかりと自分を追いこんでいこうと思う。まあ、どじょうへの餌やりは続けるし、藤子・F・不二雄ミュージアムにも行くけれど。

2012/01/11

9校の大学院に出願したこと

まずは、私が出願した大学院を以下に記したい。全部で9校である。

Cornell University
Harvard University
Princeton University
University of California, Berkeley
University of California, Los Angeles
University of California, San Diego
University of California, Santa Barbara
Columbia University
Stanford University

このうち、UCSD(Master of Pacific International Affairs)、UCSB(Master of Environmental Science & Management)、Stanford(Master of Arts:International Policy Studies)の3校を除いて、すべて公共政策学の専攻(Master of Public Policy/Affairs)に出願した。

数ある大学のうち、なぜ上記の9校としたのか。ひとつには、大学周辺の治安の良さがある。平凡な答えだけれど、家族を連れて渡米したい私にとって、これはなかなかに重要な要素であった。(治安を含む生活環境について調べるとき、在校生や卒業生の個人ブログはとても参考になった。このブログを通じて、私も微力ながら恩返しができれば嬉しい。)

もうひとつの理由は、(こういうことは書かない方がスマートなのかもしれないけれど、)大学の知名度である。多少なりとも米国を知る人のうち、上記の大学を聞いたことがない人はほとんどいないのではないだろうか。数年前の私を例外として。

カリキュラムや教授陣も、慎重に吟味すべき要素だ・・・と書きたいところだが、私はあまり吟味することがなかった。ただ漠然と、「エネルギー・環境の分野を勉強したいナ」などと、鼻水を垂らすばかりであった。
しかし、本当はそれではいけない。スクールごとの特徴(例:理論と実践の軽重、必修科目の多寡など)というのはもちろんあって、そうしたことは、パンフレットやホームページを丹念に読めば結構わかってくるものなのだ。私がそのことに気づいたのは、エッセイの下書きを概ね終えた、年暮れも近い頃だった。それまで私はTOEFLやGREに注力するばかりで、肝心の大学研究に手が回っていなかった。これは、全部で風呂桶15杯分くらいある私の反省点のひとつである。これから留学を志す皆さんは、私と同じ過ちを犯さぬよう、ゆめゆめご留意されたい。

9校に出願というのは、ちょっと多かったかもしれない。カリフォルニア大学には、4校も申し込んでいる。カリフォルニアが大好きな人みたいだ。実際にはカリフォルニアはおろか、アメリカにすら行ったことがないのだが。
とはいえ、できることなら、私はもっと出願したかった。なぜか。理由は単純で、分不相応に優れた大学ばかりを選んだので、全部に滑る恐れがあったからだ。しかしながら私は、出願準備に手間取り、仕事に追われ、10校目の出願に充分な時間を確保できなかった。このため、出願を検討していた University of Michigan(Ford School)やTufts University(Fletcher school)には、TOEFLやGREの公式スコアを送るだけで、その他の書類は何も送らないという、半ば嫌がらせのようなことをしてしまった。これもまた、私の風呂桶15杯分に含まれる。

こうして書くと、私という人間には節操も思慮も分別も欠けているようだが、実際そのとおりなのだから言葉がない。とにかくそんな風にして、9校の大学院に出願したのである。

2012/01/09

はじめに

このブログは、29歳(2012年1月現在)の平凡な日本人男性が、アメリカの公共政策系の大学院に留学するまで/留学してからの日々を綴るものです。

このブログは、私がすべての大学院への出願を終了した2012年1月9日からはじまります。

このブログは、私が大学院留学に挫折したとき、または、学業不振等の理由により放校処分を受けたとき、あるいは、無事に卒業できたときに終わります。

このブログを、若くして向こう側に行ってしまった私の友人、それから、もっと若くして向こう側に行ってしまった私の息子に捧げます。