2013/07/31

「フェルマーの最終定理」を読んだこと

 サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」を読了した。
 ホノルルのブックオフの1ドル棚で見かけた古本を、同期のM君が以前推薦していたなあと手に取ったのだが、さすがは読書家のM君と言うべきか、これが大当たりも大当たりで、この1年に読んだ本のうち(つまり渡米後に読んだ本のうち)、リチャード・ルメルトの「良い戦略、悪い戦略」と並んで、ノンフィクション部門のベスト・ワンとなった。移動の寸暇を惜しんで歩き読みしてたら危うくトラックに轢かれそうになったし、トイレに行く寸暇を惜しんで我慢読みしてたら危うくウンコを漏らしそうにもなった。とにかく危ういんだ、この本は。


 数学界に聳えるフェルマーの最終定理という名の孤峰に対して、史上屈指の天才たちが、挑戦し、挫折し、挑戦し、挫折し、また挑戦し、また挫折し、そうして延々と続くかに思われた、知力の寄せ波、執念の引き波、その絶え間なき連続が、三百余年をかけて徐々に岩盤を突き崩し、その先に開けたものは、当初は予想だにしなかった「数学の大統一」への道であったという、まあ読んでいて鼻血が出そうになるほどの壮大なドラマを、英テレビ局BBCに勤務する著者は、門外漢ながら(といってもケンブリッジ大学で素粒子物理学の博士号を取っている人なので、いわば最強の門外漢なのだが)細密にして芯の太い筆致で捌き切っている。作家として見事としか言いようがない。

 優れた書籍が往々にしてそうであるように、本書の魅力はメインプロット(本筋)に留まらない。サブプロット(脇筋)として紹介される数学者たちのエピソードにも、読み手の臓腑に深く沁みてくるものがある。たとえば、「三日間ぶっ通しで問題を解いてたら疲労で片目が失明した」オイラーとか、「集中しすぎてローマ兵の誰何に気づかず槍で突かれて死んだ」アルキメデスとか、彼らはほとんど狂気の領域に足を踏み入れているとしか思えないのだが、しかし一方で、ひとつの対象にそこまで情熱を注げる人間という生き物の可能性には勇気づけられる部分もあって、その意味で本書は偉大な人間賛歌でもある。

 そしてもうひとつ、ケン・リベットとバリー・メーザーという2人の数学者が「ストラーダ」でカプチーノを飲みながら革新的なアイデアを発見する場面は、読みながら体温が2℃ほど上昇した。というのも、「Strada」はUCバークレーのキャンパス近くにある有名なカフェで、その店名が私の愛するフェリーニの映画「道」の原題と同じであることから(ザンパノが来たよ!)、個人的にもお気に入りの店だったのだ(ジェルソミーナ!)。
 この小さなコーヒー・ショップで数学の歴史が塗りかえられたのだ、と想像するだけで、妙に誇らしげな気持ちになってくるから不思議なものである。もちろん私は伝説に何の貢献もしていないんだけど。


「たとえこの論文しかもたずに無人島に流れ着いたとしても、頭脳のための食料は十分にあるといえるでしょう。数論の現代的概念はすべてこのなかにそろっている。あるページにはドリーニュの基本定理が出てくるし、ページをめくればエルグアルクの定理に出会います。そうしたいっさいが呼び出されては、次の概念が登場するまで、しばし与えられた役柄を演じるのです」


 プリンストン大学のアンドリュー・ワイルズ教授がフェルマーの最終定理の証明を発表したとき、私は中学生で、「高校への数学」を読んで鼻息をフンフンさせている生意気なガキだった。どのくらい生意気だったかというと、独自にワイルズの証明の欠陥を見つけ出そうとしていたくらい生意気だった(もちろんすぐに挫折した。証明の内容からして理解できなかった)。
 当時の日本でも、フェルマーの最終定理は各種メディアに大きく取り上げられた。私も特集記事をいろいろ読んだが、残念ながらあまり知的好奇心を抱かせるものは無かったと記憶している。それはひとえに私の頭脳の容量不足に因るのだが、もし、あの頃の私が本書に出会い(訳書が出版されたのは2000年なので、その仮定は実際には成立しないが)、深遠なる数学の魔力に魂を奪われていたら、いまの私はどうなっていただろうか。数学者になっていたか。乞食になっていたか。それともその両方になっていたか。歴史にifが無いように、人生にもifは無い。それはわかっているのだが。
 とはいえ、thirteenではなくthirtyで本書に出会った現在の私にも、ひとつ自信を持って言えることがある。血沸き肉踊る濃密な読書体験の尊さは、何歳になっても決して損なわれるものではない、ということだ。

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