2013/12/07

UCバークレーの便所の落書きを集めていること

 男の子の定義とは何か。いろいろなものがあるだろうが、仮にそれを「何の役にも立たないものを熱心に集めるアホ」とするならば、私はまごうことなき男の子であった。

 どんぐり、牛乳びんのふた、ビックリマンチョコのシール、ドラゴンボールのカードダス、岩波文庫のしおり、B級映画のチラシ、新聞の人生相談のスクラップ、電車内でぐんぐんになっている人の発言録・・・。

 私を焦がしたあの情熱は、どこから湧き出たものであったか。
 答えはコレクションとともに雲散霧消し、いまはさびしく微笑むほかない。
 

 ところが最近、燃えさしの薪にまた火がついたようになって、ひとつ集めているものがある。それは、UCバークレーのトイレで見かける落書き(の写真)だ。





 コレクションをはじめて3カ月。収集品の数もそれなりに充実してきたので、今回はその一部を皆さんに公開してみたい。
 食事中の方は、いったん箸を置かれることをおすすめします。


作品番号1 市場主義あるいはミスターT
 「MKT」は市場(Market)、「The tea party」とは小さな政府を目指す運動のことだから、「政治問題を解決するのは市場原理のみだ」という社会風刺的な落書きだと思っていたのだが、最近になって、これは「MKT」じゃなくて「特攻野郎Aチーム」というテレビドラマに出てくる「MR.T」なんじゃないかと気がついた(MR.Tはモヒカンのマッチョ野郎なので、イラストにもマッチする)。
 「ティーパーティー運動を阻止できるのはミスターTだけだ」。
 だから何なんだ、とツッコんだらこちらの負けだ。



作品番号2 レーザー鮫の冒険のための習作
 地球惑星科学科のトイレで遭遇。ノリとしては、「ぼくの考えたポケモン」、コロコロコミックの読者投稿欄に出てきそうな感じではある。でも決め台詞の「Y.O.D.O. (You Only Die Once, Motherf**ker)」は、コロコロコミックにはちょっと向かないかもしれない。

 
 
 1ヶ月後に再訪したら、鮫釣りの漁船が描き足されていた。この即興性(Improvisation)が便所の落書きの魅力だ。
 
 
 
作品番号3 魚と無
 大便器に跨っていたら、突然、魚が食べたくなった。そんなことがあるのだろうか。
 どこか焦燥を感じさせる筆致の「魚」と、その小脇に佇む四つの「無」。わけもわからず書いたのか、わけがわかって書いたのか。人生の虚無性について考えさせられる名作だ。

  
  
 
作品番号4 超訳・オイディプス王
 「古今の名作を一行で要約する」というネタを昔の深夜ラジオか何かでやっていたけれど、その心を受け継ぐ者がバークレーにも現れた。でもこれはひどい。ソフォクレスさんも草葉の陰で憤慨していることだろう。
 後に誰かが書き足した「Blind」の単語が、ある種の文学的なフォローになっているのが滋味深い。



作品番号5 ウンコをもらした男
 おもしろうて、やがて悲しき四行詩。よく読むと各行の最後で韻を踏んでいて(heartedとfarted、by chanceとmy pants)、なかなかに芸が細かい。



作品番号6 ティファニーで朝食を、スタンフォードに小便を
 これは厳密には落書きではないし、バー「Henry's」のトイレにあったので大学構内という条件すら満たしていないのだが、MPH/MBAのMasakiさんに教えてもらっておもしろかったのでここに載せる。
 UCバークレーとスタンフォード大学がライバル関係にあるのは有名な話で、その憎き(?)スタンフォードのロゴに小便をひっかけてスッキリしようという、まあこれは悪趣味なジョークなのだが、私はこういうのはわりに好きな方である。つまり悪趣味な人間なのだ。


<落書きは多くない>
 こうしてコレクションを並べてみると、「UCバークレーのトイレは落書きだらけなのか」と思われる向きもあるだろう。しかし、それはまったくの誤解である。
 私はかつて日本の便所の落書きを収集していたこともあるので(ヒマですね)相場観がある程度わかるのだが、UCバークレーはかなり少ない方である。

 落書きをあまり見かけない理由として、「UCバークレーの学生は真面目だから」というのがあるかもしれない。しかし私はこの説を支持しない。パレートの法則で知られるように、どの集団にも一定割合のダメな奴がいるものなのだ。
 むしろ私は、「落書きが頻繁に消されるから」という説を唱えたい。事実、これはと思った落書きを発見し、カメラを携えて後日再訪したらもうなくなっていたというケースも一度や二度ならずあった。

 たとえば、壁にあけられた小さな通気孔に矢印を指し、「NSA is spying on you.」と書かれた落書きがあった。
 ご案内の方も多いと思うが、NSAとはNational Security Agency、すなわち国防総省の諜報機関のことであり、「彼らはトイレでウンコをしている(あるいは何か別のことをしている)あなたのことも監視していますよ」というのがこの落書きの趣旨なのだが、数日後に訪れたときにはすでに跡形なく消えていた。なんだかジョージ・オーウェルの小説に出てきそうな話だが、作者の生存を祈りたい。



<落書きは国境を越える>
 私がコレクションをはじめた理由のひとつに、「日米のお国柄の違いを見てみたかったから」というものがある。便所の落書きに見る日米比較文化論。そんな題の学術論文があったっておかしくない。

 便所探索の初期においては、やたら男性器の落書きが目についた。翻って、日本の(男子)便所には、むしろ女性器の落書きが多かった気がする。

 これは一体どういうことか。

 狩猟文化と農耕文化の違い?
 PaternalismとMaternalismの違い?
 それとも、性に対するタブー意識の違い?

 ・・・などと思索に耽る日々であったのだが、サンプル数が増えるにつれて、統計的有意性は徐々に薄らいでいった。つまり、女性器の落書きもたくさんあったのだ。

 共通点はほかにもある。「壁に落書きするな ← お前がしてんじゃん」とか、「右を見ろ・・・上を見ろ・・・アホ」といった、いわば便所の落書き界における定番ネタを、バークレーでも頻繁に見かけた。言語は違えど、内容は概ね同じである。

 これは一体どういうことか。

 日から米へと、あるいは米から日へと、文化的伝承のようなものがあったのだろうか?
 それとも、世界の神話が奇妙な類似性を示すのと同様に、人間の意識が深いところで地下水脈のようにつながっていることへの証左なのだろうか?

 思索の種は尽きない。

(でも、「鬱だ」「死にたい」的な落書きはバークレーではほとんど見かけなかったですね。これは相違点に数えられるかもしれない)



<便所=メディア論>
 便所の落書きの歴史は、どこまで遡れるものなのか。一説によると、紀元前2200年頃に建造されたメソポタミアのテル・アスマル宮殿にはすでに水洗便所が存在したということなので、そこで当時のシュメール人だかアッカド人だかが「ウンコ」「アホ」などと書きつけたものが人類初の落書きだったのではあるまいか。爾来、人類は4,000年以上にわたり、脈々と「ウンコ」「アホ」と書きつづけてきたわけである。そう考えるとなんだか胸が熱くなる。

 便所の落書きの魅力。それは、一定の匿名性を保ちながらも、書き手の体温をそこはかとなく感じられるところにある。便所の落書きの作者というのは、往々にして何らかの屈託を抱えた輩であるが(心身ともに充実した人がトイレの壁にペンを走らせる姿を想像するのは難しい)、直球のヘイト・メッセージが意外にも少ないのは、やはり書き手が後続の読み手の存在を意識するからであろう。
 空間の共有性。より詩的に表現するなら、便器に跨る孤独な魂たちの交信。これが便所というメディアの特性なのである。

 かつて、インターネットの匿名掲示板が「便所の落書き」の代替物になるとみられた時期があった。しかし、そうしたものの登場から十余年を経たいまなお、便所の落書きが絶滅危惧種に指定される気配はない。iPodが市場を席巻してもレコードプレーヤーの愛好者がいなくならないように、便所の落書きには便所の落書きにしか果たせない役割があって、世界の不充足を細々と引き受けているのである。千年単位の不充足を。



<読者の皆さまへお願い>
 味わい深い便所の落書きを見つけた方は、
 berkeleyandme便所gmail.com
 まで写真をお寄せください。国・地域を問いません。

 ※「便所」を「@」に置換してください

6 件のコメント:

  1. はじめまして! Music togetherを検索していて、奥様のブログを拝見し、その中の記事からSatoruさんのブログにたどり着きました。
    凄く面白いトピックが沢山あったので色々読ませていただきました。
    帰国されてしまうようですが、また時々お邪魔させていただきます!

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    1. kiyoenさん、はじめまして!奥さんの記事をご覧になったとのこと、本人も喜んでおります。あの記事を読んで実際に「Music Together」に通いはじめた方が、若干名いらっしゃるみたいです。

      私はもうすぐ帰国してしまいますが、UCビレッジのBBQのイベントにご関心があるようでしたら、ぜひいらしてくださいね!

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  2. お誘いありがとうございます!5月3日は今の所予定が無いので、お言葉に甘えてお邪魔させていただくかもしれません :) 日本人の集まりなのですか?UC Villageがどの辺りなのか調べてみます…

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    1. はい、基本的には日本人の集まりです。およそ月に一度、ポトラック形式でゆるめのBBQをしております。
      ビレッジの地図は、記事中からもリンクを貼っているので、ぜひご参照くださいませ!

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  3. ありがとうございます!! 旦那は香港生まれなので、是非中国語で話してあげてください! Satoruさんのお子さんよりも少し大きな息子がいます。一緒に遊べると良いですね:)

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    1. おお、素晴らしいですね!たぶんほとんど聴き取れないですが・・・。
      ビレッジのBBQには子連れ(0~2歳がメイン)の家族がたくさん参加されるので、きっと息子さんもたのしいと思いますよ!

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