2013/01/22

読書という行為がもたらす代替不能の喜びを満喫したこと

 UCバークレーの冬休みは長い。連続しておよそ4週間以上という、社会人経験者にとっては未踏の長さである。
 この休暇を利用して、故郷に帰ったり、内外を旅行したり、ホーム・パーティーを開いたり、インターンをしたり、そうしてそれらの活動をfacebookで自慢、もとい近況報告するというのが、学生たちにとってひとつのスタンダードとなっているようだ。まことに結構なことである。
 かくいう私も、昼寝をしたり、日なたぼっこをしたり、鼻毛を抜いたり、足の爪を切ったり、その切った爪をティッシュに包んでごみ箱に捨てたりと、大変に充実した休暇を過ごしたのだが、最も時間を費やしたのは読書であった。

 私の思うところ、読書には大きく2種類ある。「自分の能力を高めるための読書」と、「純粋な楽しみのための読書」だ。どちらが良い悪いという話ではない。両方にあてはまる幸福なケースだってあるだろう。ただ、どちらか一方にのみ重心を置きつづけていると、どこか心の安定性が失われてくるというか、然るべき栄養がうまく行き渡らないような部分が出てくる。本好きの方であれば、あるいは私の言わんとするところを酌んでいただけるかもしれない。
 振り返ってみれば、私はこの3年間ほど「自分の能力を高めるための読書」に偏りがちで(実際に能力が高まったか否かは別として)、そろそろ「純粋な楽しみのための読書」を取り戻す必要を感じていたのだ。漠然と、しかし切実に。


 以下は、私がこの冬休みに読んだ本である。

 色川武大 「無職無宿虫の息」
 内田百閒 「けぶりか浪か」
 江國香織 「赤い長靴」
 大岡昇平 「野火」
 開高健 「輝ける闇」
 開高健 「ロマネ・コンティ・一九三五年」
 開高健 「珠玉」
 開高健 「ずばり東京」
 開高健 「小説家のメニュー」
 川上未映子 「乳と卵」
 司馬遼太郎 「アメリカ素描」
 司馬遼太郎 「坂の上の雲」
 城山三郎 「アメリカ細密バス旅行」
 田辺聖子 「田辺写真館が見た“昭和”」
 谷崎潤一郎 「陰翳礼讃」
 谷崎潤一郎 「お艶殺し」
 中村紘子 「ピアニストという蛮族がいる」
 新渡戸稲造 「武士道」
 橋爪大三郎 「アメリカの行動原理」
 村上春樹 「海辺のカフカ」【再読】
 Haruki Murakami 「Kafka on the Shore」
 村上春樹 「スプートニクの恋人」【再読】
 村上春樹 「螢・納屋を焼く・その他の短編」【再読】
 村上春樹 「回転木馬のデッド・ヒート」【再読】
 村上春樹 「TVピープル」【再読】
 村上春樹 「レキシントンの幽霊」【再読】
 村上春樹 「象の消滅」【再読】
 村上春樹 「神の子どもたちはみな踊る」【再読】
 村上春樹 「東京奇譚集」【再読】
 村上春樹 「意味がなければスイングはない」【再読】
 村上春樹 「走ることについて語るときに僕の語ること」【再読】
 Haruki Murakami 「What I Talk about When I Talk about Running」【再読】
 山崎豊子 「暖簾」
 山田風太郎 「戦中派不戦日記」
 山本七平 「『派閥』の研究」
 楊逸 「ワンちゃん」
 ウィリアム・フォークナー 「響きと怒り」
 ヒラリー・クリントン 「リビング・ヒストリー」
 ドナルド・キーン 「明治天皇を語る」
 ジョン・クラカワー 「荒野へ」
 ロバート・スカラピーノ 「アジアの激動を見つめて」
 ルース・ベネディクト 「菊と刀」
 ジョン・ガルブレイス 「不確実性の時代」
 ジョセフ・スティグリッツ 「ミクロ経済学」
 ジョセフ・スティグリッツ 「マクロ経済学」
 Tim Harford 「The Undercover Economist」
 Max Depree 「Leadership is an Art」
 James Maas 「Power Sleep」
 William Rogal 「Guadalcanal, Tarawa and Beyond」
 Eleanor Coerr 「Sadako and the Thousand Paper Cranes」


 洋書が少ないのは反省点だが、まあ仕方がないという気持ちもある。英語の活字を追うのはどうしても時間がかかるし(日本語の5倍以上かかる)、文章の奥深くに潜り込んで遊泳するような高密度の読書体験を味わうには、私の英語力はまだまだ及ばない。「純粋な楽しみ」として洋書を読めるようになること、これは私の目標のひとつである。

 ところで、上記の書籍のほとんどはバークレーの市営図書館(Berkeley Public Library)から借りたものである。そう、ここには日本語の本がたくさんあるのだ。蔵書数を数えたことはないが、全部で1,000冊くらいあるのではないか。
 その多くの背表紙には、サンフランシスコの紀伊國屋書店のものと思しき値札シールが貼られている。バークレー周辺に住んでいた日本人たちが寄贈したものなのだろう。「のだめカンタービレ」や「君に届け」などのマンガまである。ありがたいことである。



 この図書館でもうひとつ感心したのは、延滞料金をしっかり徴収することだ。1日あたり25セント~1ドル(貸出品の種類により異なる)。同種の措置を講じる日本の公立図書館が、あるいは存在するのかもしれないが、少なくとも私は聞いたことがない。1週間、いや1ヶ月も延滞したところで、「今度は気をつけてくださいね」といった事務的な勧告に留まるのが通例ではないだろうか。これはよろしくない、と私は思う。
 図書館が儲けるためではなく、経済学でいう「負のインセンティブ」による効率化のために、延滞料金の制度を日本の図書館にも導入したら良いと思うのだが、いかがだろうか。その道のオーソリティがこのブログを閲覧されているのであれば(その可能性は低いけど)、ぜひとも積極的な検討をお願いしたい。
 と、なぜ私がこのように勢い込んで訴えているかというと、つい先日1.75ドルを徴収され、「負のインセンティブ」の効果を身をもって学んだからである。延滞、ダメ。ゼッタイ。
 (2013年2月5日追記: その後、さらに2.75ドルを徴収された)

2013/01/16

「Budget Project」にアメリカ政治の腐敗を見たこと

 2012年の秋学期に受講した政治学の「Budget Project」について、以前、「別の機会に詳述したい」と書いておきながら放ったらかしになっていた。遅まきながら、今回はそのことについて触れてみたい。


<概要>
 「Budget Project」とは、①オバマ政権(Obama Administration)、②民主党(Democrats)、③共和党(Republican)、④議会予算局(Congressional Budget Office)、⑤保守系メディア(Conservative Media: FOX)及び⑥リベラル系メディア(Liberal Media: MSNBC)の役を割り当てられた生徒たちが、予算成立に向けて交渉という名の熱き戦いを繰り広げるプロジェクトのことである。

 議員はすべて実名で、例えばオバマ政権の主翼はレオン・パネッタ国防長官、共和党のリーダーはミッチ・マコーネル上院院内総務(Minority Leader)といった按配である。
 生徒たちは、その政治信条にかかわらず、自身に割り当てられた人物のとおりに振る舞わなければならない。つまり、ある生徒が民主党支持だったとしても(というか実際にはGSPPの学生のほぼ全員が民主党支持なんだけど)、共和党議員の役を演じる際には、頭から尻尾までその議員の理念に基づいて行動しなければならないというわけだ。

 2012年のテーマは、「財政の崖」であった。賢明なる読者諸氏には説明を要しない事柄かもしれないが、財政の崖(Fiscal Cliff)とは、「ブッシュ政権時に発動された減税措置の期限切れ」と「債務上限超過による予算削減」がほぼ同じタイミングで起きるために、アメリカ経済がマジでヤバイ状態になるんじゃないか、と懸念される問題のことである。つい最近も、オバマ大統領が年末休みを返上して協議を進めたことが大々的に報道された。

 この問題を放置しておくとGDPや失業率がひどい数字になる、とは大方のエコノミストが見解を一致させているところで、「鼻をほじって我関せず」という選択肢は与野党ともにあり得ない。
 とはいえ、そこには大いなる信条の対立がある。中間層や労働組合を支持母体とする民主党にしてみれば「金持ち減税」には反対だし、むしろ増税して国民皆保険などの社会福祉に財源を回したいと考えている。他方、富裕層や産業界を支持母体とする共和党にしてみれば減税策は継続したいし、社会福祉よりも国防費にプライオリティを置くべきと考える。
 「総論賛成・各論反対」という、議会主義の国にありがちなこの政治的膠着をどのように突破するか。それがこのプロジェクトの勘所である。

専用のホームページやツイッターまである



<議会までの1ヶ月>
 事前投票の結果、私は民主党のマーク・ワーナー上院議員を演じることとなった。マークさんは、ハーバード・ロースクールを卒業後、法曹の道へは進まずにベンチャービジネスを志すも二回連続で失敗し、挫けそうになるが三度目の正直で携帯電話会社(ソフトバンクの買収でも話題になったネクステル社)の共同設立者として大成功を収め、さらにバージニア州知事を経て民主党の上院議員になるという、なかなかにユニークな経歴を持つ人である。
 私=マーク・ワーナーが最初にすべきことは、予算委員会(Budget Committee)所属の議員として、党内の一次予算案を作成することである。それはすなわち、議会予算局の実際の出版物をベースに、歳出削減と減税の政策(全部で100種類以上もある!)についてその是非を逐一決断するということだ。

 党内の議論はハリー・レイド上院院内総務(Majority Leader)の主導により進められるが、これが笑えるくらいにまとまらない。というのも、私はこの段階になってようやく理解したのだが、アメリカの政治家は(党所属の議員である以上に)出身州の利害代表者であるため、同じ党に所属していようとも個々の政策に対するスタンスは激しく異なるからだ。日本の政治にも「おらが村に新幹線を」的な要素は多分にあるけれど、国土が広い分だけアメリカの方が顕著なのかもしれない(各議員を演じるクラスメートの個性に依る部分も大きいとは思うけど)。
 例えば、選択肢のひとつに、「アルコール産業に1ガロンあたり16ドルの税金を課す」というものがある。財源を確保したい民主党としては当然賛成かと思いきや、ワインやウイスキーを主産業とする州出身の議員から猛反対を受ける(かくいう私もワインで高名なバージニア州出身議員の立場から反対せざるを得ない)。一事が万事こうであり、調整に調整を重ねて一次予算案がようやくまとまる段には、ハリー上院議員(役のクラスメート)の頬に心なしか前より深い皺が刻まれたようであった。政治って大変だ。
 
 オバマ政権、民主党及び共和党がそれぞれ一次予算案を提出し、そこで合意に至れば試合終了なのだが、もちろんそうはならない。そこで、メディアが発信する情報をもとに、改めて与野党が二次予算案(Substitute Budgets)を提出し、記者会見を行い、しかし両者の主張は一致しないまま議会当日を迎えるという寸法だ。
 と、ここまでが公式プロセスなのだが、同時に水面下でもさまざまな権謀術数が繰り広げられる。例えば、「ワイン議連」(Congressional Wine Caucus)や「債務問題を憂える6人のギャングたち」(Gang of Six)などといった超党派のグループが実在するのだが、これを生徒がプロジェクトに援用して、互いの腹を探る秘密会合が開催された。
 私の扮するマーク・ワーナーは両方のグループに属しており、期せずしてキーパーソン的存在となった感がある。「ヤバイ、こいつの英語・・・全然聞き取れん!」という困惑を隠しつつ、神妙な顔で頷いたり、適当なタイミングで「いまのは考慮に値する意見だね」とか言ってその場を凌ぐ。マーク・ワーナー上院議員、ここにきて痛いキャラとなってしまった。

デモ隊闖入


<議会当日>
 それぞれのプレーヤーがそれぞれの思惑を持ち寄り、いよいよプロジェクトは最終日を迎える。議会は午後1時にはじまり、交渉妥結=予算成立は深夜となるのが毎年の通例だ。
 開始直後、政治学未履修の生徒たちの扮するデモ隊の闖入というサプライズがある。各人が「労働者を保護せよ!」や「Medicaidを削減するな!」といったプラカードを掲げ、議会はいきなり中断となった。GSPPの学生って本当にノリがいい。

 続いて行われるのは、各議員による演説だ。実在の議員そっくりにスピーチする者あり、敵方の演説中に机を叩く、野次を飛ばすなどの狼藉を働く者あり(こういうのって日本もアメリカも同じなんだ)、これまた自由な展開である。
 もちろん私も演説した。こういうときアメリカ政治に通暁していれば気の利いた皮肉なんかが言えてかっこいいんだけど、残念ながらそれは私の能力を超えている。その代わり、なるべく易しい単語を使って、聞き手の印象に残るように努めた。以下にその一部を抜粋する。幼稚な英語にはご寛容ありたい。

I think, tax reduction is like a soft ice cream. It is tasty, easy to melt, so that you want to keep eating. But, of course, if you eat it every day every night, your body will ALWAYS be damaged in the future, though you may not notice it soon.

So, please imagine the U.S, ten years later. Can we give a helping hand to middle-class people who fail their business? Can we give good education to all the children who may lead future United States of America? Can we give a good social-welfare to elder people or disabled people who love United States of America? And, at the same time, can we give a good solution of fiscal cliff in United States of America?
The answer is... it depends on tax reform.

As a previous governor of Virginia, with a little pride, I believe Virginia can be a role model of our future. I mean, we made a success of closing the budget gap in Virginia, and we made record investments in education and job training. We also got 98 percent of eligible kids enrolled in our children's health care program.

 ソフトクリームの比喩は、自分ではあまりうまくないと思っていたが、聴衆のウケは予想外に良かった。その他にもいくつか笑いを取れた箇所もあり、ほっと一息のマーク・ワーナー上院議員であった。

亀になったクラスメート


 全議員の演説が終わり、議会予算局が分析結果をレポートすると、いよいよ議決の時間となる。ところが、各プレーヤーの人数がうまい具合に均衡し、どの予算案も可決には至らない。ある意味、ここからが本番なのだ。

 教室内には、果物、お菓子やジュースが山ほど積まれたゾーンがあり(後半になるとピザやビールも登場する)、休憩時にはさながら立食パーティのような光景を見せるのだが、実はその裏では腹黒い談合や引き抜き工作が展開される。
 真正面から交渉を進めるのであれば、与野党の提出予算の折衷案を検討し、満場一致となる最終案をひねり出す必要がある。しかし、すでに述べたように議員たちはそれぞれの州の利害を背負っているので、全員一致の予算案というのはまず不可能だ。そこで、利害の近しい超党派のグループで独自の予算案を提出し、強引に過半数を取りに行くという戦略が有効となるわけで、そのためには談合だって引き抜き工作だって何が悪いんだという話になる。「目的が手段を正当化する」格好の例というか、うーん、いやらしいですね。

 マーク・ワーナーは、退役軍人や産業界ともコネクションを持つという面で(民主党に所属していながら)共和党の政策にやや近い議員でもある。それゆえであろうか、夜も更けてきた頃、私は共和党議員のひとりから「別室」に手招きされた。
 「別室」は教室の裏側にある倉庫的な空間で、オバマ政権、民主党、共和党の議員が数人ずつ集まり、膝を交えて悪だくみの表情をしている。私の姿を認めると、共和党のミッチ・マコーネル院内総務が歩み寄り、「君の参加を歓迎するよ、マーク」と笑顔で握手を求めてきた。棚の上には、彼が用意していたジャック・ダニエルの姿が。こ、これは・・・!
 

ジャック・ダニエルの登場


 結論から言うと、私はこの取引に「乗った」。マコーネル議員の提案は、民主党の案をベースとしつつ、国防と経済政策の面で共和党案に有利なトレードを迫るもので、バージニア州出身のマーク・ワーナーとしては、なかなかに魅力的なものであった。
 いつの間にか、民主党のハリー・レイド院内総務が隣に座っている。彼も密室会議に招かれたのだ。

 「どう思う、マーク?」
 「悪くないね。」
 「You deal?」
 「・・・」
 「・・・」
 「I deal.」
 「ジャック・ダニエルを開けてくれ。」

 10分後、ハリー・レイド院内総務から緊急動議が提案される。密室会議の参加者は当然承知しているが、そうでない議員にとっては寝耳に水だ。「そんなの聞いてない!」と憤慨する議員あり、「説明ありたい!」と立ち上がる議員あり。場内騒然となった。
 とはいえ、過半数の議員から賛成票を得るための根回しはすでに出来ている。ハリー議員の説明とそれに続く議論を経て、いよいよ再決議となった。
 決議は、議員がひとりずつ口頭で意思表示をする形式である。「マーク上院議員?」「賛成」といった具合に、「賛成」「反対」「賛成」「賛成」「反対」「賛成」「賛成」・・・と進んでいくのだが、決議の途中で過半数が確定した。瞬間、悲喜こもごもの唸り声が轟く。「財政の崖」問題は、密室談合とジャック・ダニエルの力を持って、ついに回避されたのである!

 驚いたのは、過半数の賛成票を得た後に決議の順番が回ってきたマコーネル院内総務が、「(地元対策的にはここでアリバイを作っておいた方がいいから)反対ッ!」と高らかに宣言したことだ。「お・・・お前が首謀者じゃなかったんかいッ!」と皆がツッコミを入れたのは言うまでもない。いやはや、彼は政治家に向いている。


 このようにして議会は幕を下ろしたのだが、私が改めて思うのは、この種のプロジェクトの成否は、学生たちがどれだけ「おもしろエキス」を持っているかに大きく依存するということだ。
 「ワイン議連」にせよ、「デモ隊闖入」にせよ、「ジャック・ダニエル」にせよ、シラバスにはもちろん提示されていないし、教授としてはすべて想定外の出来事だ。しかし、そのひとつひとつの試みがプロジェクトに奥行きを与え、滋養深くしているのも確かである。
 「プロフェッショナル・スクールは、イケてる学生さえ集めればあとはどうでもいい。ほっとけば勝手に成長してくれる」と言った人がいて、まあこれは暴論だとは思うけど、でも一面の真理がそこにはある。ビール片手にピザを頬張りながら、私はそんなことを考えたのだった。
 

2013/01/06

「Guadalcanal, Tarawa and Beyond」を読んだこと

 冬休みはガダルカナル島へ慰霊の旅に出るつもりだったが、諸事情により断念。その代償行為として、「Guadalcanal, Tarawa and Beyond」を読む。これは、1922年生まれのWilliam W. Rogal氏が、2010年(88歳)の時点で自らの海軍生活を振り返ったメモワールである。

 1942年11月3日。ガダルカナル島の茂みを歩いていた著者は、日本兵に遭遇し、職務として彼を銃殺する。齢17にも満たない(と観察される)青年の恐怖に竦んだ眼を、著者は生涯忘れられないという。

 世が世なら、その青年は私であったかもしれない。私はその可能性について考える。20歳の米兵にライフル銃で胸部を撃ち抜かれ、本土から6,000km以上離れた異国の地に斃れる人生と、その意味について。


 苦しき日日を耐えながら
 苦しきままに斃れたる
 (吉田嘉七「ガダルカナル戦詩集」/戦友斃る)
 

2013/01/03

アルバニー・バルブでアートに遭遇したこと

 UCバークレーの家族寮から10分ほどの距離にある海浜公園、アルバニー・バルブ。この奥には、ゴミで固められたホームレスの家(語義矛盾?)が散在している。先日このあたりをジョギングしていたら、草むらから飛び出してきた敵対心むき出しの猛犬たちに囲まれて、思わずオバケのQちゃん状態になってしまった。

 このお世辞にも心温まるとはいえない場所の、さらに奥には、何かの贖罪のようにひっそりと佇むプリミティブ・アート風の作品がある。
 最初に出会ったとき、私は「何という路傍の芸術!」と感動したのだが、後で調べてみるとOsha Neumannなる作者の手によるものらしい。無名ではなく有名であったわけで、(勝手ながら)ちょっとガッカリしてしまった。

 でも解説をよく読むと、この人はもともとホームレス問題を専門とする弁護士で、一連の作品は「無給の週末芸術家」として、ときに冬の嵐に吹き飛ばされつつも、約10年にわたってこつこつ完成させたものという。うーん、 すごいぞ。今度は別の意味で感動した。