今年の1月から、タップダンスを習っている。
初期投資は、通販で買ったタップシューズに30ドル、近所の公民館の生涯学習講座「タップダンス入門」に144ドル。新たな趣味に投じる額としては、わりに安い方だろう。
タップダンスをはじめた理由は、主に2つある。
1つ目は、「可処分時間」に恵まれたこの時期に、新しい芸事を何かひとつ身につけておきたかったからだ。およそ10年前、私はアマチュアの落語家だったことがあり、仕事でも留学でも、この経験がしばしば役立った。
とはいえ、もはや追憶の領域に入りつつある落語のネタを今後も使い回していくのは、なんだか過去の遺産で食いつないでいる没落貴族のようで、あまり気持ちのいいものではない。そう思っていた矢先に、このタップダンス教室を見つけたのだった。
2つ目は、これはシンプルに、タップダンスが好きだったからだ。私はミュージカル映画を愛する者で、そうなるとフレッド・アステアやジーン・ケリーに憧れないわけにはいかない。
MGM黄金時代の傑作群は別格として、個人的にいちばん好きな作品はジャック・ドゥミ監督の「ロシュフォールの恋人たち」だ。単純に見えてよく練られた脚本(ドゥミ監督の処女作「ローラ」の後日譚が織り込まれている)、キャッチーで品のあるミシェル・ルグランの音楽、パステルカラーが青空に映えるベルナール・エヴァンの美術、そして何より、カトリーヌ・ドヌーヴ&フランソワーズ・ドルレアックの実姉妹コンビを筆頭に、ダニエル・ダリュー、ジーン・ケリー、ジョージ・チャキリス、ジャック・ペランという、米仏を代表するスターたちの奇跡のような輝き・・・!
いや、話が脱線した。ともあれ、私にとってタップダンスは、「いつかやってみたいこと」リストの上位にランクしていたのである。
当初は、学部生向けの授業を履修するつもりだった。そう、UCバークレーには、タップダンスの授業だってあるのだ(※)。週2時間、0.5単位。ところが調べてみると、春学期のクラスはAPA(修士論文)のゼミの時間と重なっている。さすがに私も、修士論文を捨てて踊るわけにはいかない。うーん、残念。もう少し早く知っていれば・・・と嘆いたところで仕方がない。
(※ タップダンスのほか、ジャズダンス、モダンダンス、バレエ、柔道、合気道、テコンドー、ヨガ、エアロビクス、サーキット・トレーニング、水泳、スキューバ・ダイビングなんてのもある)
そういうわけで、いわば次善の策として選んだ生涯学習講座だったが、初回のクラスで私はひっくり返りそうになった。講師を含め、私を除く全員が40~70代の白人女性だったのだ。これまで数々のアウェイ戦を経験してきたつもりであったが、人種/性別/世代のすべての面でマイノリティというのは初めてのことである。
先生の英語が全然聞き取れなかったり、生徒たちの雑談についていけなかったり(更年期障害とか)、はじめのうちは挫けそうになったが(何しろSatoruという名前すらなかなか覚えてくれないのだ)、しかし私は休まずがんばった。そうすると、「休まずがんばるアジア人」として徐々にインプットされ、みんなとも打ち解けるようになった。更年期障害のことはよくわからないけど、天気がいい日には気分がいいとか、おいしいご飯を食べると幸せになるという点では、何も変わるところはないのである。
習いはじめて3カ月。
最近気がついたのは、いつの間にか私がクラスでいちばん上手くなっていたことだ。家族寮のランドリールームで、待ち時間に一人でステップを踏んでいたのが功を奏したようである。
まだ人前で見せられるレベルには達していないが、帰国後もどこかのスクールに通って、細々と鍛錬を続けていきたい。
2014/03/30
2014/03/21
バークレーで音楽をたくさん聴いたこと
バークレーに来てから、音楽に親しむ時間が長くなった。ジョギングしながら、ジムで運動しながら、自転車を漕ぎながら(ホントはいけないんだけど)、本を読みながら、政策分析のメモを書きながら。もちろん、虚心坦懐に音楽と向き合うこともある。
平均すると、たぶん1日5時間くらいは聴いている。西海岸の気持ちのいい天気は、音楽との相性も良好みたいだ。
赤ン坊の生まれる前は、コンサートに足繁く通った。トータルで30回以上は行っただろうか。何しろ安いのだ。大向こうの席なら15ドルくらいで買えてしまう。まさしく学生の特権である。
これだけ安いと、チケットを購入するのも抵抗がない。演目すら確認せずに入場し、「へえ、今日はテノールのソロなんだ」などと気がつくこともしばしばだ。まあいい加減なものだが、こういうのは前知識ゼロの方がかえってたのしかったりもする。
たとえば、ハイドンの「冗談」(弦楽四重奏曲第38番)は、タイトルのとおり冗談のようなメロディの曲で、場内爆笑となっていたのが新鮮だったし、ヨルグ・ヴィトマンの「狩」(弦楽四重奏曲第3番)は、奏者たちが弓を空中でぶんぶん振ったり、「アーイッッ!」とか「ホイッッッ!!」とか絶叫する狂気じみた曲で、がんがん攻めている感じがすごくよかった。クラシックと一口に言っても、実にいろいろな曲があるんですね。
バークレーで聴いた中で最も印象に残っているのは、エサ=ペッカ・サロネン指揮のフィルハーモニア管弦楽団による演奏だ。サロネン自身が作曲した「ヘリックス」、ベートーヴェン「交響曲第7番」、休憩を挟んでベルリオーズ「幻想交響曲」、アンコールにワーグナー「ローエングリン 第3幕への前奏曲」という、ステーキ・とんかつ・牛カルビ特盛定食みたいな演目だったが(デザートはさしずめ天ぷらアイス)、これがひっくり返るほど素晴らしかった。
打ちのめされたのは、ベートーヴェン交響曲第7番。この曲について、私はカルロス・クライバー指揮(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)の鍛え抜かれた日本刀のような演奏をこよなく愛する者であるが、この日のサロネンは、それに勝るとも劣らない凄みを有していた。
この運命的なコンサートに私が足を運んだのは、2012年11月9日のこと。当時は苛烈な宿題に追われ、鬱々とした日々を過ごしていたが、「なあに、この演奏に出会えただけでバークレーに来た価値があったじゃないか」と、一転してポジティブな気持ちになった。
「倒れてもいい。せめて前向きに倒れよう」
事実、この日を境に生活は上り調子になっていったし、そのときの興奮の「残り熱」は、いまでも私の身体の芯を温めてくれている。
アンドリス・ネルソンス指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団も絶品だった。こちらは2014年3月8日、最近の公演だ。
別の指揮者による前日の演奏が(大きな声では言えないけど)正直ちょっと残念な出来だったので、あまり期待せずに行ったのだが、最初の一振りで電撃に打たれた。特にブラームス「ハイドンの主題による変奏曲」では、危うく魂を持っていかれそうになったほどだ。
一体に私は、偉大な映画や音楽に接したとき、病膏肓に入って注意力が著しく低下する傾向にある。そういうときの私は、奥さんの話を聞いていなかったり、鞄を置き忘れたり、財布を置き忘れたり、階段を踏み外したり、壁に激突したり、赤信号に気づかず車道に入ったり、エレベーターの「閉」ボタンと間違えて「非常」ボタンを押したり、ズボンのチャックを上げ忘れたり、大小便を漏らしたりと、ほとんど生活無能力者になるのだが、この演奏は、私をそうさせるレベルの演奏であった。
アンドリス・ネルソンス。ラトビア出身。1978年生まれ、35歳。
不勉強にして名前を知らなかったが、この人をちょっと追いかけてみようと思う。
音楽がなくても、人は死なない。
しかしときに、音楽があるから人は生きていけるのだ。
平均すると、たぶん1日5時間くらいは聴いている。西海岸の気持ちのいい天気は、音楽との相性も良好みたいだ。
情操教育というわけではないが、0歳の赤ン坊と一緒に聴くことも多い。ところが彼は、モーツァルト、シューベルト、マイルス・デイヴィス、スタン・ゲッツ、ビートルズ、エリック・クラプトン、シガー・ロス、DJ OKAWARI、ポート・オブ・ノーツなどにはあまり関心を示さない代わりに、ZAZEN BOYS、group_inou、ゆらゆら帝国、在日ファンク、ザ・タイマーズ、エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ、ハナ肇とクレージーキャッツ、岡晴夫といったあたりには、目に見えて喜色を浮かべるのであった。
我が子ながら、いささか将来が心配である。
| バークレーには、ジャズの聴けるカフェがたくさんある。ほとんどの店では予約は要らないし、テーブルチャージも取られない。子連れの家族や、独り身の婆チャンなど、客層もいろいろだ。すごく気楽で、すごくいい。 |
| 路上のアーティストも多い。ギター、ヴァイオリン、フルートから、ジャンベ、ディジリドゥ、テルミンまで、楽器もまた多様性に富んでいる。 |
これだけ安いと、チケットを購入するのも抵抗がない。演目すら確認せずに入場し、「へえ、今日はテノールのソロなんだ」などと気がつくこともしばしばだ。まあいい加減なものだが、こういうのは前知識ゼロの方がかえってたのしかったりもする。
たとえば、ハイドンの「冗談」(弦楽四重奏曲第38番)は、タイトルのとおり冗談のようなメロディの曲で、場内爆笑となっていたのが新鮮だったし、ヨルグ・ヴィトマンの「狩」(弦楽四重奏曲第3番)は、奏者たちが弓を空中でぶんぶん振ったり、「アーイッッ!」とか「ホイッッッ!!」とか絶叫する狂気じみた曲で、がんがん攻めている感じがすごくよかった。クラシックと一口に言っても、実にいろいろな曲があるんですね。
| UCバークレーにあるHertz Hall(写真右の建物)。カルテットやソロのコンサートは大体ここで開かれる。小ぶりでインティメートな建物で、後述するZellerbach Hallよりも私はこちらの方が好きである。 |
バークレーで聴いた中で最も印象に残っているのは、エサ=ペッカ・サロネン指揮のフィルハーモニア管弦楽団による演奏だ。サロネン自身が作曲した「ヘリックス」、ベートーヴェン「交響曲第7番」、休憩を挟んでベルリオーズ「幻想交響曲」、アンコールにワーグナー「ローエングリン 第3幕への前奏曲」という、ステーキ・とんかつ・牛カルビ特盛定食みたいな演目だったが(デザートはさしずめ天ぷらアイス)、これがひっくり返るほど素晴らしかった。
打ちのめされたのは、ベートーヴェン交響曲第7番。この曲について、私はカルロス・クライバー指揮(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)の鍛え抜かれた日本刀のような演奏をこよなく愛する者であるが、この日のサロネンは、それに勝るとも劣らない凄みを有していた。
この運命的なコンサートに私が足を運んだのは、2012年11月9日のこと。当時は苛烈な宿題に追われ、鬱々とした日々を過ごしていたが、「なあに、この演奏に出会えただけでバークレーに来た価値があったじゃないか」と、一転してポジティブな気持ちになった。
「倒れてもいい。せめて前向きに倒れよう」
事実、この日を境に生活は上り調子になっていったし、そのときの興奮の「残り熱」は、いまでも私の身体の芯を温めてくれている。
| UCバークレーにあるZellerbach Hall。写真のとおり大きな建物で、交響曲やオペラなどはここで上演される。ちなみに、最上階Balconyのせり出した部分にある席(AA列)は、最安値でありながら半個室みたいになっていておすすめです。 |
アンドリス・ネルソンス指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団も絶品だった。こちらは2014年3月8日、最近の公演だ。
別の指揮者による前日の演奏が(大きな声では言えないけど)正直ちょっと残念な出来だったので、あまり期待せずに行ったのだが、最初の一振りで電撃に打たれた。特にブラームス「ハイドンの主題による変奏曲」では、危うく魂を持っていかれそうになったほどだ。
一体に私は、偉大な映画や音楽に接したとき、病膏肓に入って注意力が著しく低下する傾向にある。そういうときの私は、奥さんの話を聞いていなかったり、鞄を置き忘れたり、財布を置き忘れたり、階段を踏み外したり、壁に激突したり、赤信号に気づかず車道に入ったり、エレベーターの「閉」ボタンと間違えて「非常」ボタンを押したり、ズボンのチャックを上げ忘れたり、大小便を漏らしたりと、ほとんど生活無能力者になるのだが、この演奏は、私をそうさせるレベルの演奏であった。
アンドリス・ネルソンス。ラトビア出身。1978年生まれ、35歳。
不勉強にして名前を知らなかったが、この人をちょっと追いかけてみようと思う。
| 出所: Andris Nelsons 公式ウェブサイト |
音楽がなくても、人は死なない。
しかしときに、音楽があるから人は生きていけるのだ。
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