たとえば、再生可能エネルギーの普及を図る政策手段として、電力会社に一定比率以上の供給を義務づける「RPS制度(Renewable Portfolio Standard)」というものがある。
アメリカの場合、その適用具合は州によってまちまちなのだが、ここハワイ州では、発電量に占める再生可能エネルギーの割合を「2030年までに40%」にするという、全米で最も野心的な目標値を掲げている。これを達成できなかった場合、電力会社は未達分の罰金を払わなくてはならない(州法でそう定められている)。現状、ハワイは電力供給の70%以上を石油発電に頼っているというのに!
と、これだけでも十分にsurprisingな状況なのだが、さらに驚くべきことには、これを受けたハワイの電力会社は、再生可能エネルギーの割合が「2030年で70%強」となる将来シナリオを公表しているのだ。
建前はどうあれ、電力会社は総じて不確実性の高い再生可能エネルギーの導入を好まない、というのが従前の私の理解であった。それなのに、ハワイの電力会社の人たちは、ここにきて自らハードルを高くしてしまった。一体何を考えているのか? ご乱心か? やけくそか? それとも自分で自分を虐めるのが好きな人たちなのか?
そんないやらしい疑問を端緒として、これから数回にわたって、ハワイのエネルギーをめぐる状況について書いてみようと思う。東京電力福島第一原子力発電所の恐るべき事故から約2年半、いまだ揺らぎ続ける我が国のエネルギー政策の未来を考える上でも、何がしかのヒントが得られれば幸いである。皆さま、よろしくお付き合いください。
(拙ブログに掲載された記事について、その文責はすべて私個人が負うものであり、ハワイ自然エネルギー研究所やカリフォルニア大学バークレー校公共政策大学院など、いかなる組織の見解とも関係はない。親愛なる読者諸氏には改めて断るまでもない事柄かもしれないが、あえてここで宣言しておきたい)
出所:HECO等「統合資源計画」(2013年)を基に筆者作成 註:2012年時点でハワイ州の再生可能エネルギー比率は13.9% |
自然豊かなハワイでは、再生可能エネルギーの選択肢もまた豊富であるが、目下のエースは風力発電と言って差し支えないだろう。実際、2012年時点で発電容量(202.0MW)と発電量(388.3GWh/年)の双方で首位に立っており、洋上風力を含めた今後のポテンシャルにも大きな期待が寄せられている。
州政府のエネルギー政策を考慮すれば、次期エースはむしろ太陽光発電との見方もある。特に需要家に対する財政支援は手厚いもので、その結果、近年の普及実績は指数関数的に伸びている(太陽光をめぐる政策については、次回以降で詳述予定)。
電力会社もそのあたりの機微は心得ているようで、彼らの描く将来予測(≒将来計画)においても、太陽光と風力が全体に占める割合は、年を経るごとに増加する一方だ。
出所:HECO等「統合資源計画」(2013年)を基に筆者作成 註1: 将来シナリオ「Stuck in the Middle」に準拠 註2: 需要家発電は含まず |
上のグラフをぼんやり眺めていると、なるほどそんなものかと思わず納得させられてしまいそうだが、私にはひとつ腑に落ちない点があった。それは、「なぜハワイは地熱発電をもっとプッシュしないのだろうか?」というものだ。
太陽光発電と風力発電が将来有望な選手であるのはよくわかる。投資判断としても大筋を外してはいないだろう。けれども、地熱だってエース級のポテンシャルを持っているし、むしろ多くの面で太陽光や風力よりも優れているのだ。
私がそのように地熱発電を推挙する理由は、主に以下の4点である。
<1.コスト面で優れている>
米国エネルギー省によれば、陸上風力発電と地熱発電の損益分岐コスト(Levelized Cost of Energy)はともに$0.06/kWhであり、石炭発電や天然ガス発電とも「互角に戦える」数字といえそうだ。これに比べて、太陽光発電は$0.28/kWhと明らかに高く、お上の支援なしで市場で生き残るのは、「不可能」と「ほとんど不可能」の中間あたりの難易度だろう。
<2.設備利用率に優れている>
米国再生エネルギー研究所によれば、ハワイにおける太陽光、風力および地熱のうち、利用稼働率が最も優れているのは地熱発電である(下図参照)。まあこれは考えてみれば当たり前の話で、なぜなら24時間太陽が出ているわけではない(24時間風が吹いているわけではない)けれど、ハワイの活火山は基本的に昼夜を問わず活動しているからだ。
出所:米国再生エネルギー研究所「ハワイ・クリーンエネルギー・イニシアティブのシナリオ分析」(2012年)を基に筆者作成 註1:太陽光発電は屋上用 (ユーティリティ用は24%) 註2:風力発電はオアフ島、ハワイ島およびカウアイ島への設置用 註3:バイオマスは80%、水力は44% |
具体的な数字を挙げてみよう。現状、ハワイにある地熱発電所は38MWの1基のみ(ハワイ島にあるPuna発電所)だが、2012年時点で266.2GWhもの発電実績がある。そしてこの数字は、再生可能エネルギーによる発電量全体の20.9%にあたる(本記事の冒頭で示したドーナツ型グラフを参照ありたい)。会社で言えば、売り上げの2割を超優秀な職員が1人で叩き出しているようなものである。なんという活躍ぶりだろう!
一般に電力の世界では、いかなる時でも安定した出力が求められる「ベース電源」(原子力発電など)、需要の変動に応じて出力を調整する「ミドル電源」(天然ガス発電など)、そして電気をたくさん使う時間帯にのみピンチヒッター的な出力を行う「ピーク電源」(揚水発電など)の3種類に大別される。
この分類に従うと、地熱発電は「ベース電源」として十分に使えるけれど、太陽光と風力は通常「ピーク電源」としてしか使えない。設備利用率の大小は、単純に発電量だけでなく、その電力が「戦うフィールド」を規定するほど重要なのである(蓄電技術の革新でその常識がひっくり返る可能性もあるけど、それはまた別の話)。
<3.環境面で優れている>
エネルギーと環境は、常にトレードオフの関係にある。地球に優しいとされる再生可能エネルギーだって例外ではない。
わけてもミソがつきやすいのは風力発電だろう。曰く、景観を損ねる、生態系が壊される(昆虫、鳥、蝙蝠など。洋上風力の場合、回遊魚や鯨に加え、海底ケーブルがサンゴ礁を破壊するリスクも考慮する必要がある)、泥水で河川・湖沼が汚染される、低周波によって周辺住民の心身に不調をきたす、エトセトラ、エトセトラ。経済学でいうところの「負の外部性」が、降りられなくなったポーカー・ゲームのチップのように延々と積み上がってゆく。
こうしたコストは総じて計算するのが難しい。また皮肉なことに、コストを計算するという行為自体にそれなりのコストがかかる。電力会社のため息が聞こえてきそうだが、環境保護団体の立場からすれば、「企業の利益と自然環境を天秤にかけるなんてとんでもない」という話だろう。
Kaheawa風力発電所(出所:HECO) |
風力発電に比べると、太陽光発電は瑕疵の少ないイメージだ。とはいえ、問題のない人間が存在しないように、問題のないエネルギーは存在しない。特に産業用メガソーラーの場合、発電量を稼ぐには相当な広さの土地を占有しなければならず、がために動植物の生態系が損なわれるという指摘もある。これを受けて、近年は砂漠にソーラーパネルを設置するケースが多いのだが、それでもアメリカの環境保護団体は「砂漠に住む小動物の生態系が脅かされる」と弾劾する。
そしてハワイには砂漠なんてない。あるのは熱帯の豊饒な土地で、そこに生きる動植物には島の固有種や絶滅危惧種だって含まれる。青々しいシリコンの要塞によって彼らが地球上から葬り去られる日が来ないとは、誰にも断言できないのだ。
Kalaeloa太陽光発電所(出所:ハワイ州教育局) |
そこへいくと、地熱発電はわりに失点が少ない方だ。火口付近に生息する動植物はわずかだし、噴火時にマグマが押し寄せてくるようなデンジャラスな場所に好んで住む住民もあまりいない(ゼロではないが)。また、水蒸気を活用して発電するので、温室効果ガスや有毒ガスが発生するリスクもほとんどない(これまたゼロではないが)。
さらに、日本には温泉業者という強力な利害関係者がいるが、ハワイには温泉がないので、そういう方面から反対を食らって開発が滞るリスクも低い。もちろん景観を損なう点は否定できないけれど(はたして景観を損なわない発電所というのは存在するのだろうか?)、他の選択肢と比較すれば、なかなかの好成績なのである。
Puna地熱発電所(出所:HELCO) |
<4.地域特性に優れている>
日差しが強く風速も大きいハワイ諸島は、全米でも指折りの太陽光&風力有望サイトである。しかし同時に、世界有数の活火山地帯という文脈で、地熱発電に最適な地域とも言える。
州政府の見積もりによれば、マウイ島とハワイ島だけで約1,000MWの地熱資源量が期待される。現行の発電実績から敷衍して単純計算すると、年間発電量は7,006GWh、これはハワイの全電力需要の76.3%にあたる。つまり極端な話、地熱発電だけでRPS目標を達成することだって可能なのだ。
ハワイ諸島の地熱資源分布図(出所:GeothermEx(2005年)) |
ここまで、ハワイで地熱発電をもっと活用すべきと考える理由として、
1.コスト面で優れている
2.設備利用率に優れている
3.環境面で優れている
4.地域特性に優れている
の4点について議論してきた。
しかし、仮に私の主張が正しかったとして、そのように前途有望な地熱発電が、なぜハワイで浸透しないのだろうか。昨日今日に生まれた技術でもなしに、何か隠された背景があるのだろうか。疑問に思った私は、文献調査や関係者へのインタビューを経て、ついにひとつの答えに辿り着いた。それは、「女神ペレ」である。
女神ペレ?
と、あなたは訝しむかもしれない。私も訝しんだ。女神ペレは、炎、稲妻、ダンス、そして火山を司るハワイ古来の神様で、現在はキラウエア火山のハレマウマウ火口に住んでいるという。Amazon.comの配達が難しそうな地域である。
そんなペレさんの人となり(神となり?)について調べてみると、
・妹のヒイアカに横恋慕をしたロヒアウ王子を焼き殺す
・調子に乗ったカフク村の族長を溶岩屑で埋め殺す(村ごと全滅)
・調子に乗ったプナ村の族長の領地を溶岩流で破壊(族長は自殺)
・振られた腹いせに美青年のオヒアを魔法で潅木に変える
といった具合に、きつめのエピソードがごろごろ出てくる。ハワイ島の溶岩を持ち帰った観光客には災厄が降りかかるという話があるけど、これもペレさんの御力によるものらしい。とにかく怒らせるとヤバイのだ。でもここでフォローをしておくと、ペレさんは絶世の美女で、本当は温和で、本当は理知的で、本当は本当に素晴らしい方なのだ(怒らせるとヤバイのだ)。
女神ペレ |
そんなペレさんについて、実はハワイ電力の公的文書でも言及されている。「地熱発電が文化的価値に及ぼす影響:ペレに対する畏敬の念」に考慮せよ、とのことである。名指しこそしてないが、これはおそらく「Pele Defense Fund」を念頭に置いた記述だろう。Pele Defense Fund(直訳すれば「ペレ防衛基金」)は、その名のとおり女神ペレの尊厳を守ることを目的として設置された基金で、ハワイにおける地熱反対派の代表格とも言うべき存在だ。
「ドリルで地面に穴を掘るのは女神ペレに対する冒涜だ」と糾弾する人がいる。もっと強い言葉を使って、「これはレイプだ」と言う人もいる。ひとつの見識ではある。
その一方で、「火山は女神ペレの恵みなのだから、我々人間はそれを積極的に受け取る/電力として活用するべきだ」という考えを示す人もいる。これもまた、ひとつの見識である。
キラウエア火山がいつ怒りの炎を噴くとも知れないという、このアクチュアルに過酷な環境に生まれた信仰を前にして、余所者の私がとやかく言うべきではないような気もする。しかし、授業参観で自信なさげに手を挙げる成績不良の小学生のように、個人的な意見を表明する機会が与えられるのであれば、私は後者、すなわち「地熱はペレさんの恵み説」を支持したい。
「あなたがiPhoneを充電できるのもペレさんのおかげなの。だから電気を大切にしなくてはいけませんよ」なんて、婆チャンが孫に説教したりして、そんな光景、なかなか味わい深いではありませんか。
とまあ、そんな風に思えるのも、あるいは私が日本人だからかもしれない。何しろ日本は八百万の神の国なのだ。日本にペレさんはいないが、火山(富士山)を司る神様であれば、木花之開耶姫(コノハナノサクヤビメ)という、こちらも強力な女神さまがいらっしゃる。それに、石油業界の人たちが大事なプロジェクトの前に弥彦神社(新潟県弥彦村。石油の神様を祀る)にお参りするのはその道ではよく知られた話だし、水力発電所の施工前に土地の水神さまにお伺いを立てない業者もいないだろう。
風力発電業界の人たちが風神神社(岐阜県阿木字)を参拝したり、排出権取引業界の人たちが空気神社(山形県朝日町)を参拝したりするのか、そこまでは知らないけれど、でもエネルギーという「近代」の概念と、神話という「古代」の概念が、目に見えないところで地下水脈のように通じ合っているという点では、日本もハワイもそう変わらないようで、それは私にはとても愉快な発見なのであった。
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