2013/08/29

ハワイの自然エネルギーについて福島の子どもたちに話をしたこと

 福島の子どもたちに講演をする機会をいただいた。
 テーマは、「ハワイの自然エネルギー」。

 きっかけは、東北大学のWさんから頂戴した一通のメールだ。
 Wさんは、福島の子どもたちを約1ヶ月間ハワイで保養させるプロジェクト、「ハーツ・フォー・ふくしま・キッズ」の運営者である。

 ハワイの自然エネルギーについて、子どもたちに何か教えることはできないか。
 いろいろと検索して、たまたま女神ペレの記事を見つけたという。



 講演の依頼を受けたのは、記事掲載の5日後。
 もし、あれを載せるのが1週間ほど遅かったら(あり得る話だ)、Wさんは私に連絡することはなかっただろう。「ふくしまキッズ」の帰国日は、すぐそこに迫っていたからだ。

 あのタイミングでブログを更新したのは偶然だったし、この時期にハワイでインターンをしているのも偶然だ。もっと言えば、そもそもUCバークレーに合格したのも偶然である

 変な表現だが、そこに私はある種の「導き」を感じた。これは断るわけにはいかない。そうして私は、天台宗ハワイ別院に足を運んだのだった。



「コミュニケーションがうまくいかないときに、絶対に人のせいにしない」

 これは、任天堂の岩田社長の名言である。
 優しく、厳しく、潔く、そして何より格好いい言葉だ。


「この人が自分のメッセージを
 理解したり共感したりしないのは、
 自分がベストな伝えかたを
 していないからなんだ」
と、いつからか思うようにしたんです。

うまくいかないのならば、
自分が変わらないといけない。

この人に合ったやりかたを、こちらが探せば、
理解や共感を得る方法はかならずあるはずだ。

ですから、いまでもうまくいかなかったら
自分の側に原因を求めています。
相手をわからずやというのは簡単ですし、
相手をバカというのは簡単なんですけどね。

(ほぼ日刊イトイ新聞「社長に学べ!」より抜粋)


 できることなら、私もそちら側に立つ人でありたい。ハワイの自然エネルギーについて、福島の子どもたちにうまく伝えられなかったら、それは100%私の責任である。ちょっとクサイけど、そういう意気込みでいこうと思った。




 「ハワイのエネルギー」特集、第3回。
 今回は、福島の子どもたちに話した内容について書いてみたい。






 みなさん、はじめまして。私はSatoruといいます。

 今日は、ハワイの自然エネルギーについて、お話をしたいと思います。
 「自然エネルギー? なんだそりゃ?」って人もいるかもしれないけど、そういうところも含めて、お話をするつもりです。お付き合いくださいね。




 はじめに、私の自己紹介をします。

(小学校に上がるまで小笠原諸島の母島で育ったこと、大学では物理学を専攻したこと、エネルギー・環境に関わる仕事をしてきたこと、昨年からUCバークレーで公共政策学を勉強していること、いま夏休みのインターンでハワイ自然エネルギー研究所に来ていること、などについて話した)




 それでは、みなさんにも自己紹介をしてもらいましょう。
 「名前」「学年」「好きなこと」「ハワイで印象に残ったこと」の4つについて、ひとりずつ、簡単に紹介してください。

 なんて、いきなり言われても困っちゃうかもしれないから、まずは私からお話しますね。その間に、何を言うか考えておいてください。

 「名前」と「学年」は、もう話しましたね。
 大学院の1年生、いやもうすぐ2年生か。Satoruです。

 「好きなこと」は、いろいろあるけど、そのひとつは、落語です。アメリカに来る前、iPodに音楽をたくさん入れてきたんだけど、落語を入れてこなかったので、後悔しています。ときどき、無性に聞きたくなるんだよなあ。

 「ハワイで印象に残ったこと」、これもいろいろあるけど、道行く人たちの歩き方かな。特に、あまり観光客のいないところに行くと、これはもう東京とは全然違いますね。ゆっくり、ゆっくり歩いている。人生に対する構え方も、たぶんかなり違ってるんだろうなあ。
 
 ハワイはいいですね。

(この後、子どもたちの自己紹介タイム。「印象に残ったこと」として、「海がきれいだったこと」「イルカと泳いだこと」「オーガニックなお店がいっぱいあったこと」など)




 今日は、大きく3つの話をしようと思います。

 第一に、自然エネルギーとは何か、という話をします。太陽光とか風力とか、ニュースとかで目にすることも多いと思うけど、そういうのがどういう仕組みで動いているのか、ということにも触れます。

 第二に、ハワイにはどんなエネルギーの問題があるのか、という話をします。ハワイは島なので、アメリカ本土とは少し違った、特有の問題を抱えています。そしてそれは、同じ島国の日本と似ている部分もあるんだよ、という話です。

 第三に、その問題をどうやって解決しようとしているのか、という話をします。結論から先に言っちゃうと、「自然エネルギー」がその鍵を握っています。でもそれを広めるための取り組みにはいろいろあって、ここではそんな話をします。

 まずは、「自然エネルギーって何だ?」というところから見ていきましょう。




 「自然エネルギー」という言葉の指す内容は、実は完全に決まっているわけではありません。

 たとえば、石油、石炭、天然ガス(この3つをまとめて、化石からできたという意味で「化石燃料」と言ったりします)というのは、普通は「自然エネルギー」とは呼ばれません。

 でも、元を辿れば、化石燃料だって、数億年前の動物や植物が形を変えてできたもの、つまり母なる地球の恵みによってできたものだから、「自然エネルギー」と言えなくもない。

 原子力の燃料となるウランだって、自然界にある鉱物資源を使っているわけだから、これも「自然エネルギー」と解釈する余地がありますね。まあ実際にそう呼ぶ人は少ないにせよ。


 とはいえ、この図の左の部分、つまり化石燃料や原子力は、この先もずっと使えるのかどうか、いささか心配なところがあります。

 というのも、石油やウランは、地球上にある量が限られているので、あと50年も100年もしたら、人間が掘り尽くして無くなって可能性があるのですね。

 それに比べて、この図の右の部分、たとえばバイオマスなんてのは、サトウキビなどの植物から電気や熱をつくるという発想なので、資源が枯渇してしまう心配をあまりしなくてもいい。だって植物は、一度刈り取ってもまた生えてくるわけだから。

 そのような、長きにわたって繰り返し使えるエネルギーのことを、「再生可能エネルギー」と呼びます。英語で言うと、Renewable Energy。Renewableというのは、さっき言った「繰り返し使える」というような意味です。

 そして、その再生可能エネルギーの中でも、自然の力を直接もらう種類のエネルギーのことを、特に「自然エネルギー」と呼ぶことが多いです(ここではその見方を採用します)。

 具体的には、太陽の光だったり、風の流れだったり、火山の熱だったりします。この図の黄色い部分を見てください。

 今日お話するのは、この「自然エネルギー」についてです。

(註:スライド中の「ハワイで使われていない」という言葉の裏には、「発電用として」「商業化レベルで」という尚書きが隠れている。たとえば、天然ガスは「商業用(例:レストランの調理用ガス)」としてならハワイでも使われているし、海洋発電は「研究レベル」であれば使われている)




 まずは、風力発電。これは分かりやすいですね。強い風が吹いてくる、その力でもって、風車を回して電気をつくります。

 みなさん、理科の時間で「電気のつくりかた」について勉強したことはありますか。自転車を一生懸命こいで、豆電球を明るくする実験。そんなの、あったよね(子どもたち、うなずく)。

 実は、石炭発電も、原子力発電も、そしてこの風力発電も、この「回転のエネルギーを使って電気に変える」という点では、まったく同じです。

 火力発電と原子力発電は、水蒸気の噴出する力でタービンを回転させます。でも、この風力は、見てのとおり、風の流れをそのまま回転の運動に変えて、それから電気をつくるのですね。単純といえば単純な話です。

 でも、その単純なぶんだけ強みがあるとも言えますね。特にハワイでは、風が強い場所が多いので(山と海に挟まれている地域では、両者の気圧の差が大きくなるため、一般に風速が大きくなります)、風力発電をするには都合がいい。

 実際、風力発電はいまハワイで最も使われている自然エネルギーで、(再生可能エネルギーの)発電量全体のおよそ3割を占めています。


 風力発電は、1910年にヨーロッパで発明されました。風車自体は、紀元前の中国にすでにあったという話ですから、これは自然エネルギーの中でも大先輩ということになりますね。

 最近は、海の上に秘密基地みたいな設備をつくって、そこに風車を置くという方法も流行っています。おもしろいですね。

(当日のプレゼン資料には、各発電原理の図解を載せていたが、ここでは省略。興味のある方は、引用元のMarilyn Nemzer「Energy for Keeps: Creating Clean Electricity from Renewable Resources」を手に取ってみてください。わかりやすく、機知に富んだイラストが満載の本です)




 次は、太陽光発電。みなさんが「自然エネルギー」と聞いたとき、いちばん最初に思い浮かぶのが、たぶんこれなんじゃないかな。

 太陽光発電が生まれたのは、実はわりに最近のことです。といっても僕なんかよりはずっと年上なんだけど。

 そしてその原理は、数あるエネルギーの中でもわりに特殊というか、異質なものです。というのは・・・これを説明するのは結構難しいんだけど、まあやってみますね。


 みなさんが高校生になったら、たぶん物理の時間で「光電効果」というのを勉強すると思います。これは、物質に光を当てたときに、その表面から電子が飛び出てくるという、アインシュタインさん(有名な人ですね)が発見した現象です。

 電気というのは、突き詰めれば電子の動きのことですから、この光電効果をうまく活用すれば(つまり光を照らして電子の流れをつくれば)、電気をつくることができるんですね。これはおもしろいアイデアです。

 といっても、普通の物質(たとえばいま机の上にあるこのノート)から飛び出てくる電子なんてのは、これはものすご~く少ない量です。そんなのは発電には使えません。

 でも、科学者の人たちがいろいろと研究をした結果、ある種類のシリコン(ケイ素)を組み合わせて太陽の光に照らすと、それなりにまとまった量の電気がつくれそうだ、ということがわかりました。

 それが、太陽光発電のはじまりです。


 太陽光発電は、当初は宇宙開発の分野くらいにしか使われない技術でした(人工衛星に取りつけるとかね)。というのも、ものすごく高かったんですね。太陽光パネルをひとつ買うだけで、家が何軒も買えちゃうってくらい高かった。これじゃあ一般庶民は手が出ませんね。電力会社だって手が出ない。

 とはいえ、最近はずいぶん安くなりました。火力発電や原子力発電と比べたらまだまだ高いけど、でも手をのばせば届く範囲にはなってきた。これは、この60年くらいにわたって、いろんな人たちが研究をしてきたおかげです。

 ハワイの政府の人たちは、いま、この太陽光発電に注目しています。ハワイ滞在中に、あちこちで屋上にある太陽光パネルを見ましたよね。右を見ても左を見ても、太陽光パネルがあるような状態。そのくらい、急速に普及が進んでいるんですね(州政府の取り組みについては、後で触れます)。


 太陽光発電の良いところは、そこに太陽の光さえあれば、場所を選ばず、簡単に設置できることです。極端な話、電線のないところでも使えます。

 たとえば、アフリカの地方で携帯電話を使いたいとき、電気が通っていなくても、小型の太陽光パネルがあれば充電できます。実は私も、「モザンビークという国の農家の人たちに、どうやって太陽光の携帯充電器を普及させるか」というプロジェクトに携わっていました。

 逆に、太陽光発電の困ったところは、太陽の光がないと電気をつくれないことです。まあ当たり前といえば当たり前の話なんですが、太陽光発電がどんどん普及してくると、これはちょっとした問題になります。

 それはつまり、太陽が雲に隠れた途端に停電になったり、もっと悪い時には事故が起こったりするかもしれない、ということです。そういった問題を、どのように解決していくか。これについては、最後の方で少しお話するつもりです。






 太陽「熱」発電は、太陽「光」発電と比べると原始的というか、わりと単純な仕組みです。これもまた理科の話になるけど、みなさん、虫めがねで太陽の光を集めて黒い紙に火をつける実験って、やったことあるよね(子どもたち、うなずく)。そう、原理としてはあれと同じです。

 この写真は、スペインにある大規模な太陽熱発電の施設です。たくさんのガラスが整然と並んでいて、そのすべてが(写真には写ってないけど)中心にある細長い円筒状の建物を向いているんですね。そこで熱を集めて、水を沸騰させている。

 その光景は、近未来的というか、新興宗教的というか、「エヴァンゲリオン」的というか、なかなかに強烈です。

 ここまで大規模な施設はハワイにはないけれど(広く平坦な土地がないので)、この島では、主にお湯を沸かす温水器として使われています。電気をつくるんじゃなくて、水を直接温めるというやつです。

 ハワイでは、新しい家を建てるとき、この太陽熱温水器を設置するように法律で義務づけられました(2010年から)。義務づけというのはすごいですよね。「必ず」設置しないといけないわけだから。でもそのおかげで、ハワイの太陽熱温水器の普及率は、いま全米で第一位です。




 今度は、地熱発電です。みなさんは、1ヶ月くらいBig Island(ハワイ島)にいらしたというから、キラウエア火山を見る機会があったかもしれません。この写真も見るからに熱そうだけど、あれは、大変な温度ですね。あそこに飛び込んだら、どうなるか。一瞬で死んじゃいますね。

 この火山の近くで穴を掘って、地下深くから熱を運んでくる。そうして水を沸騰させて、水蒸気の流れでタービンを回し、そこから電気をつくるわけです。


 地熱発電の便利なところは、火山はずっと活動しているので(地中はずっと熱いので)、発電施設にトラブルがなければ、昼夜を問わず発電できるということです。地球は、人間と違って、「今日は疲れたから休むわ」みたいなことがない。偉大ですね。そしてこれは、ほかの自然エネルギーには見られない特長です。

 その一方で、地熱発電の不便なところは、どこでも設置できるわけじゃないということです。火山の近くのように、温度の高い場所でなければ使えない。「場所を選ぶ」というやつですね。

 そして、温泉をつくろうとする人たちや、国立公園の景観を守ろうとする人たちにとって、地熱発電はあまり嬉しいものではありません。キラウエア火山に住むペレさんという女神さまを信仰する人たちにとってもそうですね。「そんな神聖な場所に掘削ドリルで穴を開けるなんて、けしからん」というわけです。自然エネルギーといっても、即座に誰もが賛成するわけではない。


 これは自然エネルギーに限った話ではありませんが、世の中に、「誰が見ても正しい」というものはありませんね。ある人が良かれと思うことも、別の人にとっては悪いことになるかもしれない。

 ですから、「これは100%絶対に正しいのだ!」などと主張する人が現れたとしたら、ちょっと怪しいと思った方がいいかもしれませんね(という僕の意見も、100%正しいとは限りません)。

 おっと、いつのまにか話が脱線してしまいました。




 続いて、水力発電です。この原理は、直観的にわかりますね。流れる川の力を使って、電気をつくるわけです。

 水力発電は、自然エネルギーの中でもいちばんの古株選手です。途上国の多くは、必要な電力の多くを水力発電でまかなっています(たとえば、ヒマラヤ山脈にあるブータンという国がそうです)。日本も古くから水力発電に頼ってきました。

 またもや理科の話になりますが、みなさんは「位置エネルギー」について勉強したことがありますか(首を縦に振る子どもと、横に振る子どもに分かれる)。これは簡単に言うと、高いところにあるものを落としたときに生じるエネルギーのことです。

 位置エネルギーは、基準地から高いほど大きくなります。たとえば、このペットボトルを、私の腰の高さから落としたとき(ドスン)よりも、頭の上の高さから落としたとき(ドスン!)の方が、大きな音がしますよね。それだけ威力が、エネルギーが大きいということです。

 水力発電についても同じことが言えます。つまり、水が高いところから落ちてくるほど、それだけ位置エネルギーが大きくなるので、より多くの電気をつくれます。逆に言うと、落差の小さい平坦な川からは、あまり多くの電気はつくれないということです。

 ・・・というのがいままでの常識でしたが、最近、田んぼの用水路のような小さな水の流れからでも電気をつくることのできる機械が、広く売られるようになってきました。

 そんなにたくさんの電気はつくれないけど、でも自分で使う電気は自分でつくろうじゃないかという、これは自給自足の発想です。その点、屋上の太陽光発電と似てますね。




 最後に紹介するのが、海洋発電です。海洋発電と一口にいっても、いろいろな種類のものがあります。ここでは、潮力発電(潮汐発電ともいう)と海洋温度差発電について説明します。

 潮力発電は、潮の満ち引きを利用して電気をつくるものです。つまり、潮が満ちるときは「海から陸」の方向に、潮が引くときは「陸から海」の方向に、それぞれ大きな力が働くのですが、浅瀬にダムをつくれば、この力を回転に変えることができるのですね。シンプルだけど、効果的な仕組みです。


 海洋温度差発電は、ちょうどみなさんが数日前にNELHA(Natural Energy Laboratory of Hawaii Authorityの略。「ハワイ州立自然エネルギー研究所」と訳されることが多い。HNEIと名称が似ているが別組織)で見学されたものです。僕はまだ見ていないので、あるいはみなさんの方が詳しいかもしれませんね。

 ところで、みなさんは、海の底までずっと潜っていったときに、水の温度が何度くらいになると思いますか?(子どもたち、「10℃」「冷蔵庫の中くらい」など)

 答えは、約4℃です。ずいぶん冷たいですね。これに対して、海の表面は、特にハワイでは、太陽の光に照らされて、温水プールのように温かいですよね。

 海洋温度差発電というのは、その名前のとおり、深海から汲み上げた冷たい水と、表面の温かい水との温度差を利用して、水を沸騰させて(水蒸気でタービンを回転させて)電気をつくるものです。


 カンの鋭い方であれば、ここで「あれ?」と思ったかもしれません。
 「いまの説明、どこかおかしいぞ?」と。

 そうですね。いくらハワイの海水が温かいといっても、せいぜい20℃くらいでしょう。「その程度の水温で、どうやって水を沸騰させられるんだ?」という疑問がありますね。

 これに答えるには、またしても理科の知識が必要になります。何年生で習うのか、僕はもう忘れてしまいましたが、「水が沸騰する温度は、圧力に比例する」という法則があるからです。

 いまの言葉がわからなくても大丈夫。簡単に説明しますね。

 お腹がすいてカップ麺でも食べようかっていうときに、僕らは普通、お湯を沸かしますね。そのお湯が沸騰するのは、およそ100℃です。

 でもその100℃というのは、あくまで僕らが暮らしている場所、つまり地面の近くだから100℃なのです。富士山のてっぺんまで登って、そこでお湯を沸かしてみると、100℃よりも低い温度、およそ90℃くらいで沸騰します。

 なぜかというと、富士山の山頂は、地上よりも気圧が低いからです。気圧とは、空気にかかる圧力のこと。これが低いと、水が沸騰する温度(これを沸点と呼びます)も低くなるのです。

 海洋温度差発電は、この原理をうまく活用しています。というのは、圧力をどんどん下げていけば、つまり真空状態に近づけていけば、水は簡単に沸騰するんです。「簡単に」というのは、深海水と海面水の温度差くらいでも、という意味です。

 まあよく考えたものですね。これを最初に思いついた人はスゴイ、と僕は思います。

(註:海洋温度差発電にはいくつかの方式があるが、ここではNELHAで研究中のオープンサイクル方式について説明している)


 海洋温度差発電は、まだ実用化には至っていません。コストが高かったりと、いろいろな問題があるからです。

 とはいえ、これから使われる可能性は十分あります。特にハワイは、海に囲まれた島々なので、そのインパクトはものすごく大きいかもしれません。わくわくする話ですね。




 ここまで、「自然エネルギーとは何か?」についてお話してきました。

 今度は、2番目と3番目の質問を通じて、「自然エネルギーはどうして必要なの?」という話をします。

 もちろん、環境に優しいから、とか、二酸化炭素をあまり排出しないから、というのも立派な答えです。

 でもそれは、すでに多くの人たちが言っていることなので、あえて僕は、ちょっと違う視点から切りこんでみたいと思います。

 その入り口となるのは、「ハワイには、エネルギーについて、どんな問題があるのか?」という疑問です。




 ハワイには、エネルギーについて、どんな問題があるのか?

 その答えはいろいろとありますが、いちばん身近で、いちばん切実な問題は、おそらく「電気代が高すぎる」ことでしょう(ハワイ在住の引率者、力強くうなずく)。

 アメリカというのは電気代の安いことで有名な国ですが、でもハワイはその例外です。グラフにあるように、いま、ハワイの電気料金は、全米平均より3.5倍も高いといいます。大変なものですね。

 ハワイでは、世帯あたり平均で、月2万円の電気代を払っているようです。みなさんのお小遣いがいくらかは知りませんが、2万円といったら結構な額ですよね。これは大人にとっても結構な額です(ハワイ在住の引率者、力強くうなずく)。

 ハワイ州は、主に農業や観光業によってお金を稼いでいるのですが、この儲けの約1割が、エネルギーに関連する費用に使われているという計算があります。

 これはつまり、みなさんが将来頑張って1,000万円くらい稼げるようになったとして、そのうち100万円が自動的になくなっちゃうようなものです。そんなのたまりませんよね。

 でも、ハワイはいま、そういう状況にあるのです。




 ハワイの電気料金は、どうしてこんなに高いのでしょうか?

 一言でいうと、それは、石油に頼りすぎたからです。

 この円グラフは、ハワイと全米の発電燃料(電気をつくるために使われる燃料)の割合を示しています。

 ぱっと見ただけで、明らかに違っているのがわかりますよね。いちばん目立つのは、ハワイの発電燃料のおよそ4分の3が石油であることです。残りは石炭と再生可能エネルギー。でもその割合は微々たるものです。

 石油の値段が安いうちは、それでも大きな問題はありませんでした。ところが、この30年くらいで、石油の値段はおよそ7倍近くになりました。これは、200円だった少年ジャンプが、1,400円に値上がりするようなものです。

 石油がこうも高くなっては、電気料金も上げざるをえません。特にハワイでは、石油に頼っているぶんだけ、その影響をもろに被ってしまったというわけなのです。




 それでは、ハワイはなぜ石油に頼りすぎてしまったのでしょうか?

 僕は、その理由は2つあると思います。

 そのひとつは、「ハワイでは石油の代わりとなる燃料を手に入れるのが難しかったから」というものです。

 まず、ハワイには、石油や石炭が埋まっていません。なぜかというと、ハワイは火山の活動によってできた島々で、地下の奥深くはいまも絶えず動いているので(といっても年に4センチ程度ですが)、化石燃料を貯めておくことができないのです。

 火山がたくさんあるという意味では、日本も似たような状況です。だから日本は、毎年何兆円も出して化石燃料を外国から買っているのです。悲しいですね。

 それから、ハワイでは、原子力発電所を建てることができません。それは、州の法律で禁じられているのです。


 自前の化石燃料にも、原子力にも頼れないハワイは、ずうっと石油に頼ってきました。

 グラフを見ると、日本やヨーロッパが(発電用の)石油の消費量をどんどん減らしていく一方で、ハワイは全然減らせていないのがわかります。むしろ増えているくらいです。これを「アホだなあ」と見る人もいるし、「仕方がないよなあ」と見る人もいるでしょう。

 どちらが正解というわけではありませんが、個人的には、「仕方がないよなあ」と思います。エネルギーをめぐる状況は、国によって、地域によって、大きく違っているのですから。




 ハワイが石油に頼りすぎてしまった理由の、もうひとつ(と僕が考えるもの)は、「石油が便利すぎたから」です。

 石油の使い道は、発電だけではありません。発電に使われるのは、実は全体の3割程度にすぎません。

 たとえば、みなさんは、数日前にハワイ島からオアフ島にやってきましたよね。そのときに乗った飛行機は、石油(由来のジェット燃料)で動いていますし、ホノルル空港から天台宗ハワイ別院までみなさんを運んだ自動車も、これまた石油(由来のガソリン)で動いています。つまり僕たちは、知らず知らずのうちに石油をたくさん使っているのですね。

 石油というのは便利なものです。ハワイのような島では、特にそうですね。運ぶのに便利、貯めるのに便利。使い道もたくさんあります。

 さらにハワイは、観光業が「稼ぎ頭」なわけですから、(石油の消費量を減らすために)飛行機やバスの本数を減らすという手段は、そう簡単に取れるものではありません。

 便利すぎるがゆえに、石油頼みの状況からなかなか抜け出せない。皮肉な言い方ですが、ハワイにとって、石油の最大の問題点は「便利すぎること」だったのですね。




 ここまで、ハワイが抱える問題について話をしました。
 まあ、後ろ向きな話です。

 ここからは、「その問題をどうやって解決するのか?」という話をします。
 今度は、前向きな話です。

 そして最初に結論を言ってしまうと、その答えは、「自然エネルギー」です。

 ハワイには、自前の化石燃料も原子力もないけれど、でも豊かな自然がある。これに賭けない手はないよね、という話を、これからしようと思います。

 あと少し、お付き合いください。




 いま、ハワイには、2つの大きな目標があります。

 ひとつは、2030年に、30%の電力を節約すること。
 もうひとつは、同じく2030年に、40%の電力を再生可能エネルギーにすることです。

 この目標が掲げられたのは、2009年(石油の価格が急に上がった2008年の翌年)のこと。ハワイ・クリーンエネルギー・イニシアティブという枠組みで、州をあげての宣言でした。

 「30%の節約」については、たとえば、商業用のビルに省エネ機器を設置するといった取り組みが進んでいます。詳細はここでは述べませんが、2012年時点の節約分は16.4%、なかなか順調であるようです。




 「40%の再生可能エネルギー」については、バイオマスや廃棄物由来の発電もカウントされますが、これからの活躍が期待されるのは、やはり「自然エネルギー」です。

 幸いなことに(と言うべきでしょう、やはり)、ハワイは、太陽光にも、風力にも、地熱にも、水力にも、そして海洋にも恵まれています。世界全体を見渡しても、ここまでフルセットで自然エネルギーの揃った地域は、そうあるものではありません。

 2012年時点で、ハワイの電力に占める再生可能エネルギーの割合は、13.9%。わりに大きい数字ですが、でも「40%」の目標にはまだまだ及びません。
 



 自然エネルギーの導入に向けて、ハワイ州の政府はさまざまな取り組みを行っています。なかでもおもしろいのが、太陽光パネルの設置を支援する制度です。

 たとえば、あなたがハワイに住んでいて、屋根の上に5キロワットの太陽光パネルを設置したとします。

 そのとき、通常は250万円するところ(結構高いですね)、いまは、ハワイ州政府と連邦政府(アメリカ合衆国の政府)が特別キャンペーンのようなものをやっていて、それぞれ50万円と60万円、合計110万円が割引になります。

 この割引方法は、税控除と呼ばれるもので、簡単に言うと、「将来支払う税金から、110万円ぶんだけ免除してあげるよ」という制度のことです。110万円の札束を直接もらえるわけではないけれど、実質的には同じようなものですね。本来は払わなくちゃいけないところを、払わなくてもよいわけだから。

 そしてまた、太陽光パネルでつくった電気を、電力会社に売ったり、電気代から差し引きしてもらえるという制度もあります。

 「差し引き」というのは、ある家族が2万円ぶんの電気を使ったとしても、1万円ぶんの電気を自宅でつくっていれば、電気代を「2万円-1万円=1万円」しか払わなくてもオッケーですよ、というものです。(使うぶんより多く発電した場合は、最大12カ月まで繰り越しできます。携帯電話の料金システムと似てますね)

 これは、かなり魅力的な制度ですね。特に、ハワイのように電気代が高いところでは。

 電気代の節約分もあわせると、太陽光パネルを設置するのに最初に払ったお金は、4年でモトが取れるという計算になります。

 4年というのは、みなさんにとってはちょっと長く感じるかもしれませんが、商売の世界で「4年でモトが取れる」というのは、これは悪くない条件です。全然悪くない。しかもそれ以降は、事実上の「儲け」となって返ってくるのですから。

 そういうわけで、ハワイの人たちは、「いまがチャンス」とばかりに、太陽光パネルを次々に設置しているのです。




 それから、自然エネルギーをたくさん取り入れるためには、「スマートグリッド」と呼ばれる技術が必要になってきます。

 スマートは「賢い」、グリッドは「電気をやり取りする仕組み」といったような意味です。つまり、スマートグリッドは、「電気を賢くやり取りする仕組み」ということですね。

 どうして「賢く」なる必要があるかというと、自然エネルギーは発電量にムラがあることが多いので(曇ったり風が止んだりすると発電がストップしてしまうので)、うまくやり取りしないと、停電や事故が起きてしまうからです。

 いま、どこで、どれだけ電気が求められているのか。(これを、需要といいます)
 いま、どこで、どれだけ電気がつくられているのか。(これを、供給といいます)

 この2つの情報を、地域別に細かく把握して、右から左に、左から右に、電気を賢く融通する。「縁の下の力持ち」のような技術ですが、これが無ければ、自然エネルギーの導入なんてのも夢物語になってしまいます。

(こうした技術は、日本の得意分野でもあります。実際、いまマウイ島では、日立製作所などが参加するスマートグリッドのプロジェクトが進んでいます)


 それから、島同士(例:オアフ島とハワイ島)を海底ケーブルでつなごうという、もっと大がかりなプロジェクトもあります。

 なぜそういうことをするかというと、ハワイ諸島では、電気がたくさん必要な島(オアフ島)と、自然エネルギー起源の電気をたくさんつくれそうな島(ハワイ島など)が、必ずしも同じではないからですね。

 そうした島々の間で、電気のやり取りができるようになれば、自然エネルギーの活躍する場面も、もっともっと増えてくることでしょう。

 海底ケーブルのアイデアについては、賛成の人もいれば、反対の人もいます。

 賛成の人は、たとえば、島同士の電気料金の差を縮められると主張します。いまは、貧しい島ほど電気料金が高いという、かなり不平等な状況になっているのですが、海底ケーブルでお互いの電線をつなげば、それが解消されるんじゃないかという意見です。

 反対の人は、たとえば、海底ケーブルがハワイ沖のサンゴ礁を壊してしまうと主張します。自然エネルギーを取り入れるために、自然を破壊してしまっては、何にもならないではないかという意見です。

 これは、単純な話ではありませんね。自然エネルギーを増やしたいという「目的」は一緒でも、そのためにどうするかという「方法」のところで、意見が分かれてしまう。エネルギーをめぐっては、しばしばこのような問題が生じます。

 みなさんは、どう考えますか。


 このお話を通じて、僕がみなさんにお願いしたいのは、新聞とかテレビとか、あるいは偉い人の話だとかを、そのまま鵜呑みにするのではなくて、できれば、一拍置いて、自分の頭で考えられるようになってほしいな、ということです。

 なぜそうなっているんだろうか?
 なぜそうなっていないんだろうか?

 なぜこの人は賛成しているんだろうか?
 なぜこの人は反対しているんだろうか?

 この人の言ってることは、どこまでが事実なんだろうか?
 この人の言ってることは、どこからが意見なんだろうか?

 いちばん大事なことは何だろうか?
 その次に大事なことは何だろうか?

 自分だったらどうするだろうか?
 どうしてそう思ったんだろうか?

 それはどうしてだろうか?
 それはどうしてだろうか?

 考えるというのは、要すれば、そうした疑問のひとつひとつに、手づくりの答えを用意することです。頭のいい誰かが言ったことのコピーじゃなくて、泥臭くても、自分の、自分だけの答えを練り上げることです。

 なんて、偉そうなことを言ってすみません。でも、自分の頭で考えるというのは、テストでいい点数を取るよりも、ずっとずっと大事なことなんです。少なくとも、僕はそう信じています。




 これで、お話は終わりです。

 でもその前に、ひとつ質問をさせてください。いままでのスライドでは出てこなかった、シークレットの質問です。

 「50年後、100年後に、エネルギーはどうなっているんだろう?」

 どうなっていると思いますか?

(子どもたちから、「石油がなくなっている」、「原子力がなくなっている」、「自然エネルギーで全部の電気をつくれるようになっている」、「持続可能な社会になっている」、などの回答あり)




 いろんな意見が出てきましたね。ありがとう。

 でも、無責任なようだけど、その答えは、「わからない」です。

 誰にもわからない。


 というのも、いまから50年前の日本の電力について調べてみると、これはもう、いまとは全然違っているのですね。そもそも発電量自体がうんと少ないし、その構成も、ほとんど石油と石炭と水力発電だけです。原子力はおろか、天然ガスすら使われてなかった。

 50年前の当時から、いまの日本の状況を予測できたか? それは難しいですよね。同じ意味合いにおいて、いまから50年後のエネルギーについて予測するのは、とても難しいことです。まして100年後となると、これは不可能と言っていいかもしれない。


 でも最後に、僕の好きな言葉をひとつ紹介させてください。
 パソコンの概念を発明した計算機科学者でありながら、プロのジャズ・ギタリストでもあった、アラン・ケイさんという人の言葉です。

 「未来を予測する最善の方法は、自らそれを創りだすことである」

 これはどういうことか。ひとつ例を挙げてみます。

 みなさんは将来、何になると思いますか? ケーキ屋さん? パイロット? 漫画家? 政治家? 航海士? 予測するのは難しいですよね。

 でも、その予測を的中させるいちばんの方法があります。それは、「自分でそうなれるようにする」ということです。単純だけど、しばしば忘れがちな事実です。

 未来を予測する最善の方法は、自らそれを創りだすことである。

 勇気づけられる言葉ですね。今日は、この言葉だけでも覚えて帰ってください。自然エネルギーのことは、ぜんぶ忘れてしまって構いません。いや、忘れないでいてくれたらそれに越したことはないんだけど。



 僕の話は、これでおしまいです。

 ご清聴ありがとうございました。




 最後に、質問がありましたら、何でもどうぞ。

(いろいろな質問を受けたが、その多くは忘却の海に沈んでしまった。3点だけ、記憶に残っている質問を抜粋し、本稿を終えることにしたい)


Q.風力発電は、日本でもよく使われているんですか?
A.使われています。いまの発電量全体からすると1%にも満たない数字ですが、これから伸びる可能性は大いにあります。特にいま、福島沖では、世界最大級の(浮体式)洋上風力発電プロジェクトがはじまっています。みなさんのお住まいの地域からも近いかもしれませんね。興味のある方は、後でインターネットで調べてみてください。


Q.メルトダウンとメルトスルーの違いを教えてください。
A.(予想外の質問に動揺しながら)原子炉の中にあるウラン燃料が熱くなりすぎて、鋼鉄製の容器の底に溶け落ちてしまうことを、メルトダウン(炉心溶融)と呼びます。「メルト」は、「溶ける」という意味。「ダウン」は「下に」ですね。
 メルトダウンのあと、鋼鉄製の容器すら溶けて、その下まで燃料が突き抜けてしまうことを、メルトスルー(溶融貫通)と呼びます。「スルー」は、「貫通して」といったような意味です。
 言うまでもなく、どちらも起こってほしくないことです。


Q.「売ります買います」のイラストを書いたのは誰ですか?
A.(さらに予想外の質問に動揺しながら)僕です。

2013/08/17

ハワイの電気代の高さに驚愕したこと

 ハワイの電気代は高い。
 どのくらい高いかというと、私がいまインターンをしているHNEI(ハワイ自然エネルギー研究所)の上司宅の電気代が、年額5,000ドル(約50万円)であるという。

50万円?

 この上司は、電気工学部卒でありながらJ.D.(法務博士号)を取って弁護士経験もあるという、まあ言ってみれば折り紙つきのエリートなので、一般家庭よりラグジュアリーな暮らしをしているのは間違いないのだが(なにしろ自宅にボートがあるのだ!)、それでも50万円というのは疎かにできない金額である。50万円あればiPadが10台買える。50万円あればBlue Bottle Coffeeのコーヒー豆が126kg買える。50万円あればうまい棒が5万本買える。50万円あればTOEFL iBTが23回受けられる。いやもう二度と受けたくないけど。




 州政府によると、昨年の電気代の月平均は、世帯あたり204ドル。これは、私の新婚当時の電気代(約2,000円)よりも10倍高い。
 「老後はハワイで暮らすのも悪くないね」と思いはじめた私の前に、GKBと電気代、いま2つの障壁が立ちはだかっている。


 「ハワイのエネルギー」特集、第2回。
 今回は、ハワイの電気料金をめぐる状況について書いてみたい。




出所:米国エネルギー情報局(2013年)などを基に筆者作成
註1:住宅部門や商業部門などを合算した平均値
註2:2013年分は、1-3月の平均値


 いま、ハワイの電気料金は、全米の平均と比べて約3.5倍高い。これは米国内でも第一位の高さである。第一位といっても、ハワイの人にはあまり嬉しくない第一位だ。

 ハワイの電気料金は、どうしてこんなに高いのか? 10字以内で答えよ。という試験問題が出たら(出ないけど)、私はこう答えるだろう。

 石油に頼りすぎだから(10字)

 身も蓋もない回答だが、しかしそれは真実を突いている。
 ハワイの電気料金と原油価格のグラフを描いてみると、(電気料金が約2カ月遅れる形で)両者はよく似た動きを示す。ハワイにおける石油発電の比率は、それほど高いということだ。


出所:ハワイ州産業経済開発観光局「Monthly Energy Data」(2013年)などを基に筆者作成
註1:原油価格は欧州ブレント(Europe Brent Spot Price)を使用
註2:ハワイの電気料金は、(日本と同様に)燃料費や設備運営費などの変数をもとに総合的に算出するという方式をとっている。しかし、原油価格高騰の影響を受けて、近年は油価が電気料金に及ぼす影響度が相対的に高くなっており、実際、上記グラフの期間内における「当月の電気料金」と「2カ月前の原油価格」の相関係数(Correlation Coefficient)は、0.95という高さを示している(参考:当月同士の相関係数は0.82)
註3:ハワイの原油輸入先は、サウジアラビア、オマーン、リビア、ロシア、タイ、ベトナム、インドネシア、中国、ブルネイ、パプアニューギニア、オーストラリア、アラスカなど多岐にわたる。「供給途絶のリスクを減らすため、輸入先はなるべく分散させる」という方針が伺える


 論より証拠、ここで実際にハワイと全米の比較図を見てみよう。


出所:米国エネルギー情報局「Electric Power Annual」(2013年)などを基に筆者作成
註:2011年のハワイの総発電量は10,723GWh≒11TWh、全米の総発電量は4,101TWh


 ハワイは74%と、実に4分の3近くも石油発電に依存しているが、全米は1%、ほとんど皆無と言ってよい。実のところ、環境負荷も燃料調達コストも高い石油発電は、一部の島国を除いて、現在ではあまり使われていないのである。

 ひと昔前はそうではなかった。石油発電は、三種の神器と喧伝されていた頃のテレビジョン受像機のように、かつては確かな存在感を示していた。下の図を見ると、日米欧が石油発電をごりごり削っていった経緯がよくわかる。


出所:FACTS Global Energy「Liquefied Natural Gas for Hawaii: Policy, Economic, and Technical Questions」(2012年)
註1:上図には記されていないが、中国の石油消費量の経年変化を同様のスペック(1971年=100)で追うと、その数字は1980年に「400」に達するが、2009年には「45」まで下がる
註2:日米欧が一律に石油消費量を削減した要因として、国際エネルギー機関(IEA)が1979年に採択した「石炭利用拡大に関するIEA宣言」が挙げられる。同宣言では、オイルショックへの対抗策として「ベースロード用石油発電の新設・リプレースを禁止する」といった強気な方針が打ち出された。日本政府もこれに倣い、同種の内容を盛り込んだ「石油代替エネルギーの開発及び導入の促進に関する法律」、通称「代エネ法」を1980年に策定した
註3:「石炭利用拡大に関するIEA宣言」を経て、世界の電源構成に占める石油の割合は減衰の一途を辿った(1971年:21% ⇒ 1990年:11%)。しかしながら、同宣言の本来の趣旨であった「石炭利用拡大」については、あまり功を奏さなかったようである(1971年:40% ⇒ 1990年:37%)。石油発電の減少分を実質的に代替したのは、むしろ原子力発電(1971年:2% ⇒ 1990年:15%)であった
註4:オイルショックといえば、トイレットペーパーを買い漁るおばさんの写真を覚えていますか?小学校だか中学校だかの社会の教科書に出てくる、あのおばさん。「名前はわかんないけど顔だけは知ってるおばさん選手権」を開催したら、あのおばさんのベスト3入りは固いと思う。あの方は、いま、何をされているのだろうか。第一次オイルショックが起きた1973年の時点で40歳だったと仮定すると、いまご存命なら 40+(2013-1973)=80歳くらいだろうか?「教科書に載ってましたでショ。あれ、アタクシなんですよ。恥ずかしいワア」なんて、迷惑そうな顔で、でもどこか自慢げな口ぶりで、団地隣の若奥さんに何度も何度も同じ話をして、陰で煙たがられているのだろうか?それとも余生静かに、石油ストーブで沸かした昆布茶を啜りながら、「暮しの手帖」だか「壮快」だかを開きつつ、しかし意識朦朧として活字は頭に入らず、在りし日のお爺さんの追憶に親しんでいるのだろうか?


 日米欧の削りっぷりも見事だが、ハワイの「我が道をゆく」っぷりもまた豪快だ。

 1988年に州政府が発表したレポート「Utility-Financing of Energy Conservation: A Short-Term Approach to Hawaii's Oil Dependency」を読むと、石油依存度の高さについては昔から問題視されていたことがわかる。1990年のハワイの石油発電比率が90%(!)だったことを考えれば、状況はそれなりに改善していると言える。
 他方で、現在の74%という数字は、気違いじみた原油価格の高騰(と、それに伴う気違いじみた電気代の高騰)を経験した2008年からほぼ変わっていない、という指摘をすることも可能である。
 仮に後者の立場を取って、より尖鋭的で感情的な言葉を投げかけるなら、「これは一体どういうことか」、「この5年間でハワイ州政府は何をしていたんだ」、「州知事は呆けてるのか」、「ハワイ電力は無能者の集まりか」、「責任者出てこい」、「ファック・ユー」と叫んで、中指を突き立てることになるだろう。

 しかし、私は、「エネルギー政策は現実主義(リアリズム)の原則に従う」と信じる者である。ハワイが石油依存から抜け出せないのは、そこに何らかの現実的障壁が、然るべき背景があるからだ。私はそのように推察した。
 そこで私は、いろいろな資料を読んで、いろいろな話を聞いて、いろいろな仮説を検証した。その結果、ハワイが石油に頼り続ける理由は、突き詰めれば次の2点にあるんじゃないか、と考えるようになった。

理由1:石油が万能選手すぎて手放しがたいから
理由2:石油を代替する燃料を調達しがたいから

「特にハワイでは」という枕詞を、それぞれの前に付記してもいいかもしれない。以下、少し詳しい説明を試みたい。


<理由1:石油が万能選手すぎて手放しがたいから>
 まず最初に強調したいのは、電力とエネルギーは同じ概念ではない、ということだ。原子力発電の是非であるとか、停電を回避する方策であるとか、そういった話がよく取り沙汰されるので、しばしば「電力=エネルギー」と捉えがちだけど、それは大いなる誤解である。
 電力は、あくまでエネルギーの「使われ方」のひとつに過ぎない。エネルギーは、モノを作るのにも使われるし(例:ナフサ)、モノを運ぶのにも使われるし(例:ガソリン)、部屋を暖めるのにも(例:灯油)、料理をするのにも(例:LPガス)使われるのだ。
 ・・・と、上の文章を読んでお気づきになった読者もいらっしゃるかもしれないが、いまカッコ内で挙げた例示は、実はすべて石油を起源とする燃料だ。千変万化の活躍とはまさにこのことであろう。
 先進国が発電用の石油をぐんぐん減らしていった歴史は先に見たとおりだが、それは石油が便利すぎて、発電用として使うにはあまりに「もったいない」からだ、という見方もある。「発電なんてのは他の奴らにやらせますから。先生、ここはおひとつ、輸送方面をお願いいたします。あ、それから暖房方面も。原料方面も」というわけである。

 「多用途」という観点からは、石油先生の弟分とも言うべき天然ガス君もいい仕事をする。彼はまた、シェールガスやメタンハイドレートといった異名によって、近年とみに注目を浴びる選手でもある。しかし、「貯蔵」と「輸送」について比べれば、これはどうしても石油先生に軍配が上がる。
 まず、貯蔵面。天然ガスは常温で保存するには場所を取るし、マイナス160度くらいに冷やして液化する方法も長期貯蔵には向いていない(天然ガスを保存するために天然ガスのエネルギーをどんどん使っていくという間の抜けた話になる)。枯渇したガス田を自然の貯蔵庫として活用するという裏技もあるけど、これはガス田の無いハワイでは使えない技だ。
 次に、輸送面。天然ガスを運ぶには、(陸上輸送では)高圧のパイプラインなどを使うか、(海上輸送では)極低温のタンクなどを使わないといけないのだが、石油は基本的に常温で持ち運びできる物質だ(もちろん可燃性の危険物なのでそれなりの扱いは必要だけど)。
 事実、ハワイには本土にあるような石油パイプラインが存在しない。それでもハワイという決して小さくない経済圏がちゃんと回っているというところに、石油の凄みがあるとも言えそうだ。

 ここまでの議論をまとめると、石油の特長は、発電にも輸送にも原料にも暖房にも使えるほど「多用途」で、かつ常温で液体だから「貯蔵」も「輸送」も楽ちん、ということになる。
 うーん、改めて実感する、この万能選手ぶり。だからこそ「燃える水」をめぐる戦争・紛争の種は尽きないし、「欲望の炭化水素」でひと儲けを企む人々もまた後を絶たないのだ。
 げに愚かしきは人間哉。自ら作り給ひし業の報ひ、これを自ら受けて省みぬ生き物なりけり。

 おっと、話が脱線した。ここでハワイにおける石油消費の実例を見てみよう。
 

出所:米国エネルギー統計局(EIA)「Total Petroleum Consumption Estimates 2011」(2012年)などを基に筆者作成
註1:「その他」は住宅用など
註2:2011年実績ベースで、アメリカ全体の石油消費量は約69億バレル、日本は約12億バレル(出所:BP統計 2013)


 この図から得られる気づきの点はいろいろある。具体的には、

・「発電用」は全体の3割に過ぎない。すなわち、仮に発電用石油の消費量を半分削減できたとしても、全体から見れば「30%×50%=15%」の削減にしかならない。

・日本でもアメリカでも一定の割合を占める「産業用」がない。言い換えると、ハワイには(石油化学産業などの)大きな産業が存在しない。

・「商業用航空」の割合が大きいのは、(オアフ島~ハワイ島などの)島間のフライトが多いハワイならではの特徴である。

・「軍事用」は米軍基地があるため。これもハワイの特徴である。

といった按配である。

 個別の分析はここでは省略するが、全体を通じた感想として、「削りしろがあまりない」というのがあるかもしれない。たとえば、あなたがハワイ州知事に就任したとして(アロハ!)、この円グラフを眺めて、さてどの部門を削ろうと思うだろうか。
 「商業用航空」を削れば、就航便が減って、ハワイの稼ぎ頭ともいうべき観光産業は少なからぬダメージを受けるだろう。かといって「軍事用」を削るのも政治的に難しそうだ。電気自動車が普及すれば「輸送用(陸上)」を減らせそうだが、しかし現状のままだと「発電用」が増えて結局全体のパイの大きさは変わらずというオチが待っているかもしれない。

 そもそも、ハワイの石油消費量は州平均と比べてずいぶん少ない(ハワイより石油消費量が少ないのはネブラスカ州とコネチカット州の2州だけ)。そんな中、供給途絶のリスクを少しでも減らそうと、あちこちの国と細々とした長期契約を結んで、これまで苦労してやり繰りしてきたのだ。そこへ原油価格が高騰して、いますぐ石油の消費量を減らせだなんて、そんなのいきなり言われても無理ってもんですよ、クスン、クスン。
 と、いつの間にかハワイの電力会社の心情を慮る内容になってしまったが、私がここで伝えたかったのは、「四方を海に囲まれたハワイにおいて、石油は特に使い勝手の良い燃料であり、ゆえになかなか手放せなかった」ということである。

 
<理由2:石油を代替する燃料を調達しがたいから>
 「ハワイが石油依存体質から脱却できない」もうひとつの理由は、本土と比べて、石油に代わる燃料を入手するのが格段に難しいからである。
 まず、ハワイにおける化石燃料(石炭、石油、天然ガス)の埋蔵量は、限りなくゼロに近い。これは、ハワイが火山島であるからだ。一般に、火山や地震などで地殻変動が激しい地域では、化石燃料を長期にわたって貯めておけるような地質構造を安定的に維持することができない(そんな国について、我々もひとつ心当たりがありますね。そう、日本です)。
 だから、本土からの購入分も「輸入」と称するならば、ハワイは必要な化石燃料の100%を輸入に頼るしかない。ハワイの苦しみの根源がここにある。エネルギーを自前で調達できないというのは、やはり、非常につらいことなのだ。

 かつて日本は、原子力という切り札を使って「脱石油」を達成してきた。しかし、ハワイでそのカードに手を伸ばすことはできない。それは州法で禁じられたカードなのだ(禁じられた理由については諸説ある。たとえば、ハワイには既に米軍の原子力母艦があるからという説があるし、放射性廃棄物を島内で管理するのは難しいからという説もある)。
 
 もうひとつの有力な切り札は、先にも触れた天然ガスである。ハワイは発電用の天然ガスを輸入した経験がない。その理由は必ずしも詳らかではないが、「LNG(液化天然ガス)の受け入れ基地をはじめとして、インフラ整備に必要な初期投資額が大きすぎて、関係者が及び腰になったから」というのが私の推測だ。個人的には、シェールガス増産の影響で石油と天然ガスの価格乖離の激しいいまこそ、天然ガスの輸入に踏み切るチャンスだと思う。特にハワイは、(原油価格ではなく)米国内のガス市場価格に連動する廉価のLNGを、米本土から調達できる公算が高いのだから。

 「自前調達」「原子力」「天然ガス」という、本土や他国では当然のように切られてきたカードが、ここハワイでは封じられていて、そのため石油依存から抜け出せないまま、電力料金がじりじりと上昇していく。そう考えると結構切ない話ではある。
 とはいえ、バレルあたり100ドル超えという狂った油価がこの先も長く続きそうな現況において、このまま何も手を打たずにいると、ハワイの経済は遠からず沈没する。再生可能エネルギーの比率を「2030年までに40%」とする目標は、そうしたリアルな危機感から生まれたものなのだろう。野心的な数字は、そのまま決死の覚悟の現れと読みとることもできる。
 この勝負、吉と出るか凶と出るか。ハワイのエネルギー政策は、いままさに過渡期にある。


出所:ハワイ州産業経済開発観光局「Energy Resources Coordinator's Annual Report 2012」(2013年)を基に筆者作成
註1:2011年および2012年分は推計値
註2:これもまた、原油価格と「正の相関」を持っていることがわかる


 勝算はある。

 たとえば、この話のそもそもの出発点であった、ハワイの電気代の高さ。これを逆手に取れば、あるいは活路が開けるかもしれない。
 「太陽光発電の調達コストは高すぎて、そのために導入がなかなか進まない」というのが、いわばこれまでの相場観であった。でもここハワイでは、電気料金がすでに十分に高いし、石油の代替燃料も入手しづらいので、太陽光発電が他州・他国よりずっとリーズナブルな選択肢となっているのだ(前回の記事で触れた太陽光発電の損益分岐コスト「$0.28/kWh」は、全米平均の電気料金「$0.10/kWh」に比べると高いけど、ハワイの電気料金「$0.34/kWh」に比べれば安い)。

 電気料金をめぐる関係者(すなわち政府、電力会社、消費者)の利害が一致するというのは、普通、あり得ない状況である。
 ところが、いまのハワイでは、

電気料金が高すぎる ⇒ やばい ⇒ 太陽光発電を導入しよう

という意識が関係者全員に共通しているため、その「あり得ない状況」が現出している。これも元を正せばハワイが石油に頼りすぎたからなのだ、と考えると皮肉な話ではあるけれど、でもハワイのエネルギー政策に一筋の光明を見出すとしたら、このあたりを探すべきなんじゃないかと私は思う。




 大いなる不確実性を前にして、怯まず、考え抜き、進むべき道を切り開く。ある人はこれを「勇気」といい、ある人はこれを「智恵」という。またある人はこれを「政策」という。
 まあ呼び名は何だっていい。いずれにせよ、そうやって人類はしぶとく歩を前に進めてきた。これまでも、そして願わくば、これからも。

 ハワイに祝福あれ。

2013/08/06

ハワイのエネルギーと神話の関係を発見したこと

 インターン先ではハワイのエネルギー政策を研究しているのだが、これが大変におもしろい。どこまでも広がる碧海を泳いでいるようで、調べれば調べるほど新しい発見があるのだ。


 たとえば、再生可能エネルギーの普及を図る政策手段として、電力会社に一定比率以上の供給を義務づける「RPS制度(Renewable Portfolio Standard)」というものがある。
 アメリカの場合、その適用具合は州によってまちまちなのだが、ここハワイ州では、発電量に占める再生可能エネルギーの割合を「2030年までに40%」にするという、全米で最も野心的な目標値を掲げている。これを達成できなかった場合、電力会社は未達分の罰金を払わなくてはならない(州法でそう定められている)。現状、ハワイは電力供給の70%以上を石油発電に頼っているというのに!
 と、これだけでも十分にsurprisingな状況なのだが、さらに驚くべきことには、これを受けたハワイの電力会社は、再生可能エネルギーの割合が「2030年で70%強」となる将来シナリオを公表しているのだ。

 建前はどうあれ、電力会社は総じて不確実性の高い再生可能エネルギーの導入を好まない、というのが従前の私の理解であった。それなのに、ハワイの電力会社の人たちは、ここにきて自らハードルを高くしてしまった。一体何を考えているのか? ご乱心か? やけくそか? それとも自分で自分を虐めるのが好きな人たちなのか?

 そんないやらしい疑問を端緒として、これから数回にわたって、ハワイのエネルギーをめぐる状況について書いてみようと思う。東京電力福島第一原子力発電所の恐るべき事故から約2年半、いまだ揺らぎ続ける我が国のエネルギー政策の未来を考える上でも、何がしかのヒントが得られれば幸いである。皆さま、よろしくお付き合いください。

(拙ブログに掲載された記事について、その文責はすべて私個人が負うものであり、ハワイ自然エネルギー研究所やカリフォルニア大学バークレー校公共政策大学院など、いかなる組織の見解とも関係はない。親愛なる読者諸氏には改めて断るまでもない事柄かもしれないが、あえてここで宣言しておきたい)


ハワイの電力会社は、
1.オアフ島を所管するHECO(Hawaiian Electric Company)
2.マウイ島、ラナイ島およびモロカイ島を所管するMECO(Maui Electric Company)
3.ハワイ島を所管するHELCO(Hawaii Electric Light Company)
4.カウアイ島を所管するKIUC(Kauai Island Utility Cooperative)
の4社に分かれている。
MECOとHELCOはHECOの子会社であり、3社を合わせるとハワイ総人口の約95%の電力供給を担う計算になるため、実質的には独占市場に近い。(出所:ハワイ州産業経済開発観光局)

出所:HECO等「統合資源計画」(2013年)を基に筆者作成
註:2012年時点でハワイ州の再生可能エネルギー比率は13.9%

 自然豊かなハワイでは、再生可能エネルギーの選択肢もまた豊富であるが、目下のエースは風力発電と言って差し支えないだろう。実際、2012年時点で発電容量(202.0MW)と発電量(388.3GWh/年)の双方で首位に立っており、洋上風力を含めた今後のポテンシャルにも大きな期待が寄せられている。
 州政府のエネルギー政策を考慮すれば、次期エースはむしろ太陽光発電との見方もある。特に需要家に対する財政支援は手厚いもので、その結果、近年の普及実績は指数関数的に伸びている(太陽光をめぐる政策については、次回以降で詳述予定)。

 電力会社もそのあたりの機微は心得ているようで、彼らの描く将来予測(≒将来計画)においても、太陽光と風力が全体に占める割合は、年を経るごとに増加する一方だ。

出所:HECO等「統合資源計画」(2013年)を基に筆者作成
註1: 将来シナリオ「Stuck in the Middle」に準拠
註2: 需要家発電は含まず

 上のグラフをぼんやり眺めていると、なるほどそんなものかと思わず納得させられてしまいそうだが、私にはひとつ腑に落ちない点があった。それは、「なぜハワイは地熱発電をもっとプッシュしないのだろうか?」というものだ。

 太陽光発電と風力発電が将来有望な選手であるのはよくわかる。投資判断としても大筋を外してはいないだろう。けれども、地熱だってエース級のポテンシャルを持っているし、むしろ多くの面で太陽光や風力よりも優れているのだ。

 私がそのように地熱発電を推挙する理由は、主に以下の4点である。


<1.コスト面で優れている>
 米国エネルギー省によれば、陸上風力発電と地熱発電の損益分岐コスト(Levelized Cost of Energy)はともに$0.06/kWhであり、石炭発電や天然ガス発電とも「互角に戦える」数字といえそうだ。これに比べて、太陽光発電は$0.28/kWhと明らかに高く、お上の支援なしで市場で生き残るのは、「不可能」と「ほとんど不可能」の中間あたりの難易度だろう。

出所:米国エネルギー省「Transparent Cost Database」(2013年)を基に筆者作成
註1:各プロット値は統計データの中央値(Median)を、エラーバーは最大値と最小値の幅を示す
註2:天然ガスはコンバインドサイクル発電によるもの
註3:「Levelized Cost of Energy」とは、発電所の運転期間中の総費用を総発電量で割った数値のこと(単位:$/kWh)。発電投資の評価にしばしば使われる。「均等化発電原価」と訳されることが多いが、ここではあえて「発電の損益分岐コスト」と意訳した


<2.設備利用率に優れている>
 米国再生エネルギー研究所によれば、ハワイにおける太陽光、風力および地熱のうち、利用稼働率が最も優れているのは地熱発電である(下図参照)。まあこれは考えてみれば当たり前の話で、なぜなら24時間太陽が出ているわけではない(24時間風が吹いているわけではない)けれど、ハワイの活火山は基本的に昼夜を問わず活動しているからだ。

出所:米国再生エネルギー研究所「ハワイ・クリーンエネルギー・イニシアティブのシナリオ分析」(2012年)を基に筆者作成
註1:太陽光発電は屋上用  (ユーティリティ用は24%)
註2:風力発電はオアフ島、ハワイ島およびカウアイ島への設置用
註3:バイオマスは80%、水力は44%

 具体的な数字を挙げてみよう。現状、ハワイにある地熱発電所は38MWの1基のみ(ハワイ島にあるPuna発電所)だが、2012年時点で266.2GWhもの発電実績がある。そしてこの数字は、再生可能エネルギーによる発電量全体の20.9%にあたる(本記事の冒頭で示したドーナツ型グラフを参照ありたい)。会社で言えば、売り上げの2割を超優秀な職員が1人で叩き出しているようなものである。なんという活躍ぶりだろう!

 一般に電力の世界では、いかなる時でも安定した出力が求められる「ベース電源」(原子力発電など)、需要の変動に応じて出力を調整する「ミドル電源」(天然ガス発電など)、そして電気をたくさん使う時間帯にのみピンチヒッター的な出力を行う「ピーク電源」(揚水発電など)の3種類に大別される。
 この分類に従うと、地熱発電は「ベース電源」として十分に使えるけれど、太陽光と風力は通常「ピーク電源」としてしか使えない。設備利用率の大小は、単純に発電量だけでなく、その電力が「戦うフィールド」を規定するほど重要なのである(蓄電技術の革新でその常識がひっくり返る可能性もあるけど、それはまた別の話)。


<3.環境面で優れている>
 エネルギーと環境は、常にトレードオフの関係にある。地球に優しいとされる再生可能エネルギーだって例外ではない。
 わけてもミソがつきやすいのは風力発電だろう。曰く、景観を損ねる、生態系が壊される(昆虫、鳥、蝙蝠など。洋上風力の場合、回遊魚や鯨に加え、海底ケーブルがサンゴ礁を破壊するリスクも考慮する必要がある)、泥水で河川・湖沼が汚染される、低周波によって周辺住民の心身に不調をきたす、エトセトラ、エトセトラ。経済学でいうところの「負の外部性」が、降りられなくなったポーカー・ゲームのチップのように延々と積み上がってゆく。
 こうしたコストは総じて計算するのが難しい。また皮肉なことに、コストを計算するという行為自体にそれなりのコストがかかる。電力会社のため息が聞こえてきそうだが、環境保護団体の立場からすれば、「企業の利益と自然環境を天秤にかけるなんてとんでもない」という話だろう。

Kaheawa風力発電所(出所:HECO)

 風力発電に比べると、太陽光発電は瑕疵の少ないイメージだ。とはいえ、問題のない人間が存在しないように、問題のないエネルギーは存在しない。特に産業用メガソーラーの場合、発電量を稼ぐには相当な広さの土地を占有しなければならず、がために動植物の生態系が損なわれるという指摘もある。これを受けて、近年は砂漠にソーラーパネルを設置するケースが多いのだが、それでもアメリカの環境保護団体は「砂漠に住む小動物の生態系が脅かされる」と弾劾する。
 そしてハワイには砂漠なんてない。あるのは熱帯の豊饒な土地で、そこに生きる動植物には島の固有種や絶滅危惧種だって含まれる。青々しいシリコンの要塞によって彼らが地球上から葬り去られる日が来ないとは、誰にも断言できないのだ。
 
Kalaeloa太陽光発電所(出所:ハワイ州教育局)

 そこへいくと、地熱発電はわりに失点が少ない方だ。火口付近に生息する動植物はわずかだし、噴火時にマグマが押し寄せてくるようなデンジャラスな場所に好んで住む住民もあまりいない(ゼロではないが)。また、水蒸気を活用して発電するので、温室効果ガスや有毒ガスが発生するリスクもほとんどない(これまたゼロではないが)。
 さらに、日本には温泉業者という強力な利害関係者がいるが、ハワイには温泉がないので、そういう方面から反対を食らって開発が滞るリスクも低い。もちろん景観を損なう点は否定できないけれど(はたして景観を損なわない発電所というのは存在するのだろうか?)、他の選択肢と比較すれば、なかなかの好成績なのである。

Puna地熱発電所(出所:HELCO)


<4.地域特性に優れている>
 日差しが強く風速も大きいハワイ諸島は、全米でも指折りの太陽光&風力有望サイトである。しかし同時に、世界有数の活火山地帯という文脈で、地熱発電に最適な地域とも言える。
 州政府の見積もりによれば、マウイ島とハワイ島だけで約1,000MWの地熱資源量が期待される。現行の発電実績から敷衍して単純計算すると、年間発電量は7,006GWh、これはハワイの全電力需要の76.3%にあたる。つまり極端な話、地熱発電だけでRPS目標を達成することだって可能なのだ。

ハワイ諸島の地熱資源分布図(出所:GeothermEx(2005年))


 ここまで、ハワイで地熱発電をもっと活用すべきと考える理由として、

 1.コスト面で優れている
 2.設備利用率に優れている
 3.環境面で優れている
 4.地域特性に優れている

の4点について議論してきた。
 しかし、仮に私の主張が正しかったとして、そのように前途有望な地熱発電が、なぜハワイで浸透しないのだろうか。昨日今日に生まれた技術でもなしに、何か隠された背景があるのだろうか。疑問に思った私は、文献調査や関係者へのインタビューを経て、ついにひとつの答えに辿り着いた。それは、「女神ペレ」である。

女神ペレ?

と、あなたは訝しむかもしれない。私も訝しんだ。女神ペレは、炎、稲妻、ダンス、そして火山を司るハワイ古来の神様で、現在はキラウエア火山のハレマウマウ火口に住んでいるという。Amazon.comの配達が難しそうな地域である。

 そんなペレさんの人となり(神となり?)について調べてみると、

・妹のヒイアカに横恋慕をしたロヒアウ王子を焼き殺す
・調子に乗ったカフク村の族長を溶岩屑で埋め殺す(村ごと全滅)
・調子に乗ったプナ村の族長の領地を溶岩流で破壊(族長は自殺)
振られた腹いせに美青年のオヒアを魔法で潅木に変える

といった具合に、きつめのエピソードがごろごろ出てくる。ハワイ島の溶岩を持ち帰った観光客には災厄が降りかかるという話があるけど、これもペレさんの御力によるものらしい。とにかく怒らせるとヤバイのだ。でもここでフォローをしておくと、ペレさんは絶世の美女で、本当は温和で、本当は理知的で、本当は本当に素晴らしい方なのだ(怒らせるとヤバイのだ)。

女神ペレ

 そんなペレさんについて、実はハワイ電力の公的文書でも言及されている。「地熱発電が文化的価値に及ぼす影響:ペレに対する畏敬の念」に考慮せよ、とのことである。名指しこそしてないが、これはおそらく「Pele Defense Fund」を念頭に置いた記述だろう。Pele Defense Fund(直訳すれば「ペレ防衛基金」)は、その名のとおり女神ペレの尊厳を守ることを目的として設置された基金で、ハワイにおける地熱反対派の代表格とも言うべき存在だ。

 「ドリルで地面に穴を掘るのは女神ペレに対する冒涜だ」と糾弾する人がいる。もっと強い言葉を使って、「これはレイプだ」と言う人もいる。ひとつの見識ではある。
 その一方で、「火山は女神ペレの恵みなのだから、我々人間はそれを積極的に受け取る/電力として活用するべきだ」という考えを示す人もいる。これもまた、ひとつの見識である。
 
 キラウエア火山がいつ怒りの炎を噴くとも知れないという、このアクチュアルに過酷な環境に生まれた信仰を前にして、余所者の私がとやかく言うべきではないような気もする。しかし、授業参観で自信なさげに手を挙げる成績不良の小学生のように、個人的な意見を表明する機会が与えられるのであれば、私は後者、すなわち「地熱はペレさんの恵み説」を支持したい。
 「あなたがiPhoneを充電できるのもペレさんのおかげなの。だから電気を大切にしなくてはいけませんよ」なんて、婆チャンが孫に説教したりして、そんな光景、なかなか味わい深いではありませんか。

 とまあ、そんな風に思えるのも、あるいは私が日本人だからかもしれない。何しろ日本は八百万の神の国なのだ。日本にペレさんはいないが、火山(富士山)を司る神様であれば、木花之開耶姫(コノハナノサクヤビメ)という、こちらも強力な女神さまがいらっしゃる。それに、石油業界の人たちが大事なプロジェクトの前に弥彦神社(新潟県弥彦村。石油の神様を祀る)にお参りするのはその道ではよく知られた話だし、水力発電所の施工前に土地の水神さまにお伺いを立てない業者もいないだろう。
 風力発電業界の人たちが風神神社(岐阜県阿木字)を参拝したり、排出権取引業界の人たちが空気神社(山形県朝日町)を参拝したりするのか、そこまでは知らないけれど、でもエネルギーという「近代」の概念と、神話という「古代」の概念が、目に見えないところで地下水脈のように通じ合っているという点では、日本もハワイもそう変わらないようで、それは私にはとても愉快な発見なのであった。