2012/02/26

「政策立案の技法」を読んだこと

 先月、向こう半年間の身の処し方を決めた際に、「A practical guide for policy analysis」を通読するという目標を掲げたのであったが、1カ月以上を費やして、先日ようやくこの書籍を読了することができた。

 本書の著者であるEugene Bardach氏は、目録によれば1973年からカリフォルニア大学バークレー校公共政策大学院(Goldman School of Public Policy。私がダメモトで出願した大学院のひとつだ)で教鞭を取られている人で、公共政策学という比較的新しい学問分野において重鎮とも言えるポジションにあられるようだ。今年初旬に第4版が出たとのことで、私が読んだのはそれであった。

 「A practical guide for policy analysis」は、180ページ程度の薄い本だが、その密度はなかなかに濃厚だ。Introductionで著者自らが教え子の言葉を借りて評するように、「この本は、さっと楽しく読んで済ませるには適さない。むしろ繰り返しその機知を味わい参照すべき基本書として位置づけられるものである」。私もそう思う。

 タイトルには「Policy Analysis」とあるが、政策分析に留まることなく、政策立案の領域にも踏み込んでいる。本書の前半では政策分析/立案を行う上で有用な「8つのステップ(The Eightfold Path)」を紹介し、後半ではそれらをどう実践するかについて、いくつかの具体例(例えば、米国内のコカインの消費量を減らすためにどのような政策を実行するべきか)を用いて詳述している。

 ここで「8つのステップ」とは、
 ステップ1  問題を定義する (Define the Problem)
 ステップ2  証拠を集める (Assemble Some Evidence)
 ステップ3  政策の選択肢を用意する (Construct the Alternatives)
 ステップ4  評価基準を選ぶ (Select the Criteria)
 ステップ5  成果を予測する (Project the Outcomes)
 ステップ6  トレードオフに直面する (Confront the Trade-Offs)
 ステップ7  決断する (Decide!)
 ステップ8  ストーリーを語る (Tell Your Story)
のことである。こうして書くと何てことないようだが、掘り下げていくと現実の政策立案はそんなに簡単にはいかないし、大変なエネルギーを要するものであるということが、この本を読むとよくわかる。

 私がこの本を読んで得たいちばんの収穫は、公共政策大学院で何を勉強するのかというイメージを描けたことだ。読者各位は「えっ。9校も出願しておいて、そんな基本的なところも抑えていなかったの」と驚き呆れられるかもしれないが、正直申せば、そのとおりである。

 逆に言うと、これから公共政策大学院への出願を検討される方は、本書を読んでおいて間違いはないだろう。私の勉強机の引き出しの中に突如タイムマシンが出現して、1年前の自分に会いに行けるとしたら、「つべこべ言わずこれを読め」と本書を押し付けたいものだ。

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(2013年4月14日追記: 本記事の約3ヵ月後に、UCバークレー公共政策大学院の日本人卒業生による訳書「政策立案の技法」が出版された。以下は、私がAmazon.co.jpに寄せた書評である。各ステップの和訳が上の文章と微妙に異なっているが、あえてそのまま転載する)

<政策立案の技法>
UCバークレー発、政策分析の定番教科書。
あるいは、「世の中を良くする」ための手引書。


 ビジネスの分野では「マーケティングの4P」や「ポーターの5F分析」などのフレームワークが根強い人気を誇っているが、本書で紹介されている「8つのステップ」は、公共政策(Public Policy)版フレームワークと言えるかもしれない。著者はUCバークレー公共政策大学院で40年近く教鞭を取られた方とのことで、読み終えてみると、その経験の蓄積が200ページ弱の本書に濃縮還元果汁的に詰まっているような印象だ。

 「政策分析は科学(サイエンス)というよりは技術(アート)だ」と主張する本書によれば、8つのステップとは以下のとおりである。

 ステップ1  問題を定義する
 ステップ2  証拠を集める
 ステップ3  政策オプションを組み立てる
 ステップ4  評価基準を選ぶ
 ステップ5  成果を予測する
 ステップ6  トレードオフに立ち向かう
 ステップ7  決断!
 ステップ8  ストーリーを語る

 著者はこの8つのステップそれぞれにおいて、具体的に何をするべきか(あるいは何をするべきでないか)について、読者に寄り添うように丁寧な説明を展開する。例えばステップ2の「証拠を集める」では、「コンタクトの難しい情報源に接近する方法」「ヒアリング時に会話を盛り上げる方法」「身構えた情報提供者を動かす方法」「政治的な思惑からの批判を防ぐ方法」といった、どこまでも実践的なアドバイスが満載で、ひとつの読み物としても面白い。

 政策分析というと何となく難しい印象があるけど(私もそう思っていたけど)、それは要すれば「世の中を良くする」ための手段であって、本書はそのための絶好の手引書である。国家公務員、地方公務員、NPO職員、学生、その他「世の中を良くしたい」と考える向きには一読をお薦めしたい。

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(2013年6月27日追記: この教科書を使った政策立案の授業について関心のある方は、「32時間プロジェクトの苦しみを楽しんだこと」「2013年の春学期を生き延びたこと」の記事も併せてご参照ください)

2012/02/07

TOEFL iBTにマゾヒズムの極致を感じたこと

 留学を志す人たちの多くがそうであるように、TOEFL iBTには私も大いに苦しめられた。

 TOEFL iBTとは何か。一言で表現するなら、210ドルの受験料を払い、その対価として、約4時間にわたる焦燥と、煩悶と、(多くの場合)落胆を味わえるという、ある種マゾヒズムの極致のような試験のことである。

 私はこれを17回ほど味わった。

 村上龍の著作に「あの金で何が買えたか」という作品がある。TOEFL iBTの受験料は、私にとってまさにそれである。ノートパソコン。ロードバイク。多機能冷蔵庫。高級炊飯器。あの金で何が買えたか? ・・・嘆息するほかない。

 私の主な受験歴及びその結果を、以下に示す。
 2010年 5月     63点 (R18 L16 S15 W14)
 2010年 7月     59点 (R18 L12 S15 W14) 
 2010年12月    79点 (R21 L18 S18 W22)
 2011年 1月     84点 (R23 L20 S17 W22)
 2011年 2月     89点 (R25 L23 S22 W24)
 2011年 4月     82点 (R27 L14 S19 W22)
 2011年 7月     86点 (R25 L17 S20 W24)
 2011年 8月     94点 (R25 L23 S22 W24)
 2011年 9月   100点 (R27 L23 S22 W28)

 最後に100点を獲得できたのは、正直なところ、運が良かっただけだ。私の実力はせいぜい80点台である。リスニングとスピーキングが低く、リーディングとライティングが相対的に高いという点数構成も、典型的な純ドメ(=海外経験の無い日本人)のそれである。

 TOEFL iBTの多様な受験生群をひと括りにする愚は避けたいが、この試験(あるいは苦行)で結果を出すために最も重要なことは、「意欲と時間の管理をいかにうまくやるか」だと思う。特に、「社会人」、「純ドメ」、「英語が苦手」の三重苦を抱える私のような人間にとっては。


1.意欲の管理(モチベーション・マネジメント)
 集中力の伴わない勉強は、不毛な自己満足に終わるだけのことが多い。そして集中力の持続には、まずもって強い意欲が必要とされる。

 と、そこまでは分かっていても、実際に勉強への意欲を保ち続けるというのは本当に本当に難しいことである。雨にも風にも負けない屈強な自律心を有するか、勉強自体が好きで好きで仕方ないという人でない限り(優秀なビジネスパーソンはどちらも兼ね備えていることが多いのだが)、意欲がピークに達するのは勉強を決意したまさにその瞬間であって、その後は逓減の一途を辿るというケースが大層ではなかろうか。

 かくいう私も該当者の一人である。私の意思は炎天下のソフトクリームのように柔らかく、また厳冬下の枯葉のように朽ちやすい。自分への言い訳も巧みであって(妻は私を自己弁護士と呼ぶ)、「今日できることは明日やる」「これを今日やらなかったからといって死ぬわけではない」などとうそぶく始末であった。そんな人間にとって肝要なのは、「意欲をいかに向上させるか」という試みではなく、むしろ「意欲の減衰をいかに最小に食い止めるか」という発想である。そのために私が取った具体的な手段を、2つほど以下に記す。

・ その日に勉強した参考書の分量(例:Delta p155-164, Kaplan p88-95, TOEFL英単語3800 p170-173, AGOS Basic Speaking p25 模範解答1~4の音読5回)をメモして、留学を志す同輩に毎日メールでシェア。何も勉強できなかった日には「何もなし」との報告を義務付けることで、虚栄心をくすぐる。

・ 仕事に関連する英語の情報(ニュースレターや専門誌など)を入手し、毎日、職場で少しずつでも読むよう心がける。ある程度既知の内容なら心理的抵抗も少ないし、「英語で情報収集しているオレってカッコいい」というナルシズムに浸ることもできる。

 要は、虚栄心とナルシズムをモチベーション向上に利用するということである。あまり褒められたものではないが、私にはとても有効な手段であった。特に前者の「メール報告作戦」は、報告対象を勉強時間ではなくページ分量としたのが成功要因であったと思う。仮に勉強時間のみを報告していたら、意志薄弱に定評のある私の場合、勉強したつもりだったけど本当は忘我の海を泳いでいた時間ばかりが積み重なっていた可能性が高いからだ。


2.時間の管理(タイム・マネジメント)
 モチベーション・マネジメントの次に重要なのは、タイム・マネジメントだと思う。TOEFL iBTの準備を本格的に行うとなれば、少なくとも1日2~3時間を英語に割り当てる必要がある(世の中には1日12時間以上を勉強に当てた猛者もいるようだが、私には無理だった)。その時間をいかに捻出し、いかに密度を上げていくか。口にするのは簡単だが、実行するのは簡単ではない。

 心理学者Neil Fioreの著書「The Now Habit」には、前向きな時間管理術として「自己啓発や遊びの予定をまず最初に入れて、これらを最優先事項とする」という興味深いアイデアが提示されている。私もこのアイデアを支持したい。例えば、朝に30分、昼に30分、夜に1~2時間、これらの予定をスケジュールに予め組み込んでしまうのだ。許される環境であれば、職場の共用スケジュールに書き込んでしまうというのも手である。例えば私は、21時から22時くらいまで喫茶店で勉強し、それから職場に戻ってきて残業を再開するということをした。勉強自体がある種の気分転換になって、仕事の効率も多少上がった気がする。

 しかしながら、2011年3月11日の東日本大震災を経て、業務量が増えると、こうした方法も通用しなくなってしまった。終電どころか始発の時間帯まで残業が続くことも多く、もはや優先順位付けなどと悠長なことは言えない。平日も休日も区別なく、睡眠と食事と仕事の合計時間が24時間に漸近するような日々が数か月続いたのだが、精神的にもこの時期がいちばんつらかったように思う。改めて受験歴を見ても、この時期に点数が伸び悩んでいるのが分かる。

 もうひとつ、私が心がけたのは、「与えられた環境に応じて最適な学習内容を選ぶ」ということである。例えば、自宅では大きな声を出してスピーキングの練習をすることができるが、図書館ではそれは難しい。また、図書館ではリーディングの問題を1セット20分で集中して解くことができるが、通勤電車では困難である。通勤電車では単語の暗記を・・・といった按配に、それぞれの学習環境に上位/下位の概念を取り入れて、それぞれの時間対効果を最適化するように努めた。

 この勉強法(というほど立派なものではないが)は、私にとって2つの意味で有用であった。

 1つ目は、慣れてくると「学習環境が学習内容を決める」(例:ジョギング中にはリスニングの復習をする)というだけではなく、「学習内容が学習環境を決める」(例:リスニングの復習をするためにジョギングをする)逆転現象が起こるようになり、気分転換と勉強がそれなりに両立するようになったことである。

 2つ目は、「何を勉強するか」といちいち迷わずに済んだので、勉強が良い意味でルーチン化したことである。おかげで、勉強に取りかかる前の心理的バリア(怠け者にとっては大きな要素である)を、かなり和らげることができたと思う。


 冒頭にも記したとおり、私の実力はせいぜい80点台である。そんなレベルの人間がこうして講釈を垂れるとは身の程知らずも甚だしいものがあるが、なかなか点数が伸びずに布団の上で転げ回っている人たち(たくさんいると思う)が、この拙文を読んで少しでも前向きな気持ちになっていただけたら嬉しい。